ネバリウチ
華のある選手は写り映えがいい。
野球選手。それも打者や投手の構えと来たら、全ての視聴者から注目される瞬間だ。
互いに緊迫した場面で、全力でぶつかり合う。
観客達は声援を飛ばすのも無理はない。
「早く凡退しろーーー!」
「10球も粘ってるんじゃなーーーい!」
「早くレイくんの打席になってーー!」
あれ?オカシイな。俺、罵声しか浴びてない。
そんな応援だからか、粘ってもセカンドゴロで終わる始末。
「打てないのに粘らないでくださいよ」
「う、五月蠅ーい!後輩の癖に生意気だな、ホント!!レイ!!」
「事実じゃん……。根本さん」
俺は根本。プロ野球選手だ。4年前からセカンドのレギュラーを掴み取り、3年もの間。守って来た。堅実な守備と、確実性と粘り打ちを評価されての2番。あるいは7番打者。スタメンになった頃はイケメンだとか、巧打者とかで騒がれたのだが……。3年前にこいつが入団してきた。
カーーーン
「きゃーーー!レイくん、すごーーい!」
「これで16試合連続安打!しかも3試合連続のマルチ安打!」
「さっすが!天才!!」
渡辺レイ。自他共に認められる”天賦”のある野球選手。1年目、わずか37試合の出場で29安打。2年目は規定打席到達で、3割越えと170安打越え。170cmにも満たない体格ながら、ずば抜けた打撃センスでヒットを量産していくのは、俺が憧れていた打者としてのスタイル。それに加えて、守備も機敏で華麗。ショートの守備の広さは球界でも有数。隣を守る俺も、嫉妬する。
おまけに童顔系のイケメンで女性ファンが多く、生意気。球界が注目するのも当然。そんな時、明らかな風評被害が根本を襲ってきた。
『2番の根本って打者、打率2割7分しかねぇのに粘るからムカつく』
『レイくんの打席よりこいつの打席が長くてムカつく。出塁できないなら、早く終わって欲しかった』
中継あるある。しかし、一選手としては一つの打席にも自分の人生が懸かっているもの。
「う、うるせー!出塁率3割7分あるんだぞ!四球の数ならレイよりも上だぞ!」
「レイは早打ち気味の変態打ちですからね。四球はそこまで選ばないけれど、出塁率は根本さんより上なんですよね」
「あいつのヒットゾーンがオカシイんだよ!!なにあいつ!?さっさとどっか行け!」
◇ ◇
ショートとセカンド。それもここまで、選手としてのスタイルが離れた2人はそういないだろう。
体格は恵まれている方の根本。体格に恵まれていないレイ。
野球センスの足りない根本。野球センスが有り余っているレイ。
この2人の野球観は確かに違っており、格もすでに決まってはいたが。2人の仲は決して悪い方ではなく、各々意見をぶつけ合っても理解に達していたという。
とはいえ
「粘るくらいならヒットにすればいいのに……」
「それできたら苦労しねぇんだよ!」
大抵、根本がボコられているのをチームメイト達は知っている。
「レイ!ダイビングキャッチとか無理に身体張って、守備するのは止めろ。無理に追いかけて怪我でもしたらどーすんだ!ましてや、お前はショート!!反応はいいんだから、それ以上はすんな!」
「チームや観客のためには全力プレーは当然。挑戦してのミスなら本人も納得できる。ミスを恐れて堅実な守備ばかりしてると、守備意識の低下に繋がりますよ」
飄々としているレイであるが、根本に言われたら多少考えて、翌日のプレーに組み込んでくる。また、根本もレイの意見で使える事は拾っていく。
根本の野球観は長く続ける選手像。レイの野球観は華やかで記録に残る選手像。どちらがいいかは分からない。価値観の問題。
「ストライクになる球を打てばいいじゃないですか?2球目、見逃してどうするんです?」
「難しくて苦手なアウトローなんかより、次の球を待った方がいい!手を出さないのも作戦!」
「結局、見逃し三振じゃないですか。まったく」
「お前だって、ムキになって速いストレートを打ちにいって、初球サードゴロだろ!あの投手ならボール先行になれば、変化球で逃げてくるんだから、そっち叩いた方がヒットにできただろ!1アウトになる内容も大事だ!」
レイとしては、五月蠅い凡人の妬みとも感じていたところはあるが。
凡人の考えも参考になるものであった。好んじゃいなかったが、真っ向から否定などしたことはなかった。それは根本という選手が前で頑張って、ランナーとしているからだ。意外と足も速いので、ゲッツーが少なくて助かっている。
「五月蠅いなら俺よりヒットを打てばいいのに……」
「なんだとーー!お前が9打席無安打してるおかげで、出塁率は俺の方が上だぞーー!ぎゃははは!ざまぁみろ!」
置き土産かなにかか。根本がシーズンを通して記録した出塁率が、レイの出塁率を超えた年。ポスティング制度でレイはメジャー挑戦に行ってしまう。
走攻守全てが揃い、知名度も高い彼の活躍には誰もが期待し、見送った。
◇ ◇
天才というのは事実であり、その度合いが如何ほどのものか。根本はかなり知り尽くしている方だった。
「餞別のサングラスだ。向こうは日差しが強い」
「どーも」
「海の向こうでも頑張れよ。あと数日はまだ日本にいるのか?」
「まだ準備し切れてない」
プライベートで根本はチームメイト達を連れて、レイに別れの挨拶。今までレイという選手を見てきて感じた事を、ぶちまけて行かせてやりたい。
「お前は確かに天才だよ。けどな、その天才達が集った海外リーグの中にいきゃあ、お前は凡人だ。マジで挑戦するのか?」
「……打ちたい投手が向こうのリーグにいるからね」
「だったらよ、そのな……」
気恥ずかしくて少しためらった。そいつはレイを見下してしまうことにも繋がり、傷つけるかもしれなかった。
「好きに言ってください。僕も最後にしたいんですから、根本さんの愚痴」
レイの早くしろよっていう。打席でよく出す面を見て、すぐに吹っ切れた。
伝えたい事は
「レイは絶対、俺の真似をしろ。お前が天才的な打撃センスを持っているのは知ってる。俺よりも動体視力が優れてて、反射神経も良い。体格にハンデを抱えるレイだが、お前の持っているもんはそのハンデを軽くひっくり返せる」
「………………」
「怪我すんなよ!それと早打ちするなら、必ずヒットにしろ!どんなボールでもヒットにできる意識と器量があるなら、ボールの見極めは絶対にできるんだからな!出塁を磨け!」
このプロ野球では、安打製造機とも呼ばれ、3番や1番を主に任されてきたレイ。打撃スタイルは、ヒットにできるゾーンなら打ちに行く、早打ちの巧打者タイプ。その手の打者はメジャーにおいては、パワーが必要不可欠。その差があるレイに捨てさせ、長所をさらに伸ばせと教える。
「……耳が痛い」
「なんだと!?」
「ま、根本さんの提案は。僕がメジャーで通用しなかったら、やってみるよ。根本さんにもできる事なら僕にもできるから」
「相変わらず、生意気だな~……ったく、無様な活躍で帰って来るなよ!!」
こうして、渡辺レイは渡米。
メジャーデビューから数試合は確かに、その才気を持ってしても、壁に阻まれて乏しい活躍であったが。
狙い球が来るまで粘ったり、ボールの見極めを良くしてからは、日本時代とは全く別のプレイスタイル披露し、これが大嵌り。元々、小柄なこともあって、相手投手からは投げにくさがあり、力押しが流されることもしばしば。打たせて捕る投球に切り替えれば、ヒットを打つ。
変幻自在な打撃で、一躍メジャーでも注目打者として取り上げられる。
「……ふん。俺にもなんかアドバイスをくれよ」
一方で、根本の今シーズンの途中成績は下向気味。歳もあってか、見えない衰えが出てきたかとささやかれ、出塁率の落ちた彼にはスタメン剥奪という罰。
2軍調整中にレイの活躍を見て、彼の言葉を早く聞いて、スランプ脱出のきっかけが欲しかった。
『ストライクの球だけ打てばいいでしょ?』
「簡単に言ってくれるぜ」
なんかそう言われた気がした。二軍戦ながら、それを意識した打撃は久方ぶりのマルチ安打を記録した。
たまたま、野球中継を観ていて感じたのですが。
巨人に移籍した丸選手の打撃が、広島時代と何か変わった感じがしました。
ネットでちょっと調べただけですが、ここ最近は早打ち傾向になっているそうですね。
確かに早いカウントで打つようになったのかなって、印象もありますが。追い込まれたくないって感じの雰囲気といいますか。広島時代の丸選手だと、追い込まれても粘って打ったり、四球を選んだりと、中々アウトをとれない打者だったのになぁー、って思いました。