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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第九章・西播怪談実記草稿一【天文二十二年九月十日頃(1553年10月17日頃)~】
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11・西播怪談実記草稿(三方西荘の戦い)2-2


「田路右馬允殿、貴殿のご一族は」

「仰せの通り、まだ山名殿への返答を渋ってござる」


 全ての鍵は田路氏が握る。彼らの協力は必要不可欠。


 宇野氏麾下の播磨国人衆に名を連ねる田路氏だが、もともと彼らの発祥地は但馬国朝来郡田路谷にある。天文年間に居城を田路谷から三方東荘に移し、古巣の田路谷までの間に、草置、高取、生栖の支城を築くことで播磨国北西部から但馬国にかけての領地を持つ。


「……山名殿は、なんと申しておるか」

「明朝までに返事をせねば、田路谷を攻めると」


 今、田路谷の城は庶流の者が城代につき、田路本家からの指示を待つ。


千上寺(せんちょうじ)村からの経路は抑えてあるか」

「いかようにも」


 菅生表は死者の少ない戦ではあったが、主戦場となった表正面は暗闇の中での白兵戦が主体となったため、宇野勢も多数の負傷者を抱え込み、動けぬことはないが兵に無理強いさせれば後々まで影響が出かねない状況にあった。勿論、宇野政頼はそんな家中の内情をおくびにも出すわけにもいかない。


「……今日、皆をこの場所に集めたのは他でもない。聞いた通り、明朝には不俱戴天の仇が攻め寄せ、田路殿の御一族が血祭りにあげられる。これは許されるのか、再度山名の者どもが播磨の地に足を踏み入れることが許せるものか」


 宇野政頼が、呉越同舟を説く。


「つい先日まで、我らは争い等しく血を流した者達である。言い訳はしない。我ら宇野が尼子殿に忠していることは皆が知っていよう。ゆえに我らは田路殿にお頼みし、このようなかたちで安積殿の屋敷にて軍議を開くことを望んだ。これは我らなりの譲歩であり誠意である」


 親尼子派と親赤松派は水と油。

 宇野氏に属する田路氏の屋敷では戦場に近いが、親赤松派の国人衆は宇野氏の騙し討ちを恐れて立ち入るまい。そのために両者は後方に兵を待たせた上、今、この場に当主と側近のみが集まることを決めていた。


「……我ら武士(もののふ)の機微とは複雑なもの。例え他者に屈するにしても屈するには屈するなりの理由が必要となる。せめて同じ播磨の者ならば、あるいは絶対的な強者であれば、まだ負けてやってもいい」

 

 だが、今回の相手は因縁の山名氏。


「百年前、嘉吉の時代、山名の軍勢が山野に身を隠す我ら赤松家由来の家々に行った非道を、我らは、我らの血は、まだ覚えておる。それらを覚えておきながら、我ら播磨武士が一戦も交えず彼奴らめに膝を屈することが許されるはずがあろうか」


 否、あるまい。そのために政範も兄の死を呑んでこの場に居る。

 

「……山名ごとき、なにするものぞ」


 宇野氏の激が入り、会場は一気に熱を帯びた。


 軍議は極めて手短に終わり、田路氏を先導役として夜のうちに千上寺村経由の山越えを行い、明朝払暁を待って田路城を取り囲む山名軍の背後を突くことが決まる。

 

 よもや憔悴状態の播磨勢がわざわざ但馬国まで侵攻などしてくるなど夢にも思うまい。山名軍は必ず油断している。そうでもなければ、降伏勧告など行わず一息に田路谷の城は攻め落とされている。そんな宇野政頼の判断が決め手となった。


「幸い、今日は東北からの風が強うございます」

「……承る。各々方、持ち場に向かわれよ」


 場が解散し、各人が役割をもって動き始める。


 政範ら佐用郡の兵士は、宇野の軍勢と共に北に向かい但馬国侵攻の道を選ぶ。秋の日は極めて短い。日のあるうちに一歩でも進まねば一帯は忽ち闇に包まれる。


 出立する政範の鼻に、誰かが焚いた落ち葉焚きの香りが届く。兄の死を悼む暇もない。具足姿の彼はただ前を見てその一歩を踏み出した。




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