10・播州鬼騒動六3-2(菅生表の戦い)
まさにその時だった。
鞍掛山の北西、菅生集落の北端からわらわらと松明を灯す人の群れが現れた。
その数、凡そ二、三〇人。暮れの薄明りでは遠目ではっきりと判別ができないが、皆こちらに前進してきたかと思うと、足早に数名の集団に散開し、菅生集落の稲刈りの終わった田んぼに足を踏み入れ始める。
「おい……」
待て、何をするつもりなのか。
見張りの兵士も何事かと固唾を飲んでいる。
続いて、田んぼの中の集団は松明で二、三度大きくぐるりと円を描く。なにかの信号であることは間違いないが、彼らの意図は不明。烏帽子親との密約が脳内をかすめた正満だが、それにしては動きが不可解。ただ見守るしかない。
「……おい」
不明な集団は、注視する城兵らを嘲笑うかのように、天日干しされたイナグロに火を近づける素振りを見せた。
「……正満様」
「分かっている。山を下りる準備を」
秋の収穫を燃やされれば、戦の趨勢いかんに関わらず人は飢える。
一説に、四、五回秋の実りが無ければ、その家は滅びるともされる。米本位制の時代、金や銀はあくまでも代替貨幣。麦や粟稗など雑穀の幾ら貯えがあろうと、秋の米の収穫なしには直接的な収入を失うことに繋がる。
非常に効果的な嫌がらせ。
ゆえに、正満らは命を懸けて守らねばならない。
正満はたちまち部隊をまとめ上げると、急ぎ山を駆け降りる。
鞍掛山の麓、坪川の橋を渡り、西の菅生川の川瀬に着いた頃には、敵の軍勢はさらに数を増していた。
正満の率いる鞍掛山城守備兵は百名弱。
対し、敵の数は優に三百を超える。
―――誘い出されたのだ。
後悔してももう遅い。敵兵が火を点けようとしていたイナグロには穂先が無い。脱穀済みの稲わらだけが干し木に吊られ風に靡いていた。




