10・播州鬼騒動六1-2(菅生表の戦い)
「率直に言おう。手を貸せ」
「…………」
「烏帽子子殿が手を下さずとも良い。幾ばくかの兵士を向かわせれば、逃げ場の無い貴奴めは容易に捕らえられる。晴政殿は政治というものがよくよく分かっておらぬ。一人の死で終わる話を、無数の人間が死なねばならぬ話に広げようとしておるのだ」
含みのある言い方だが、面子を保つために兵火も辞さないことを暗に示している。
隠居した身とはいえ、村頼の決断があれば宇野家臣団は必ず動く。彼の判断一つで、六里余り先の宇野の本拠地の軍が攻め上ってくる事が確定したことになる。
宍粟郡は約三万五千石ではあるが、林業、鉱業を含めると更に石高は増し、招集可能な兵数だけならば千を優に超える。対して、赤松総領家は播磨置塩一万石を拠点に、その周囲の飛地が凡そ三万石余り。経済力では圧倒されていた。
「宇野のご当主殿は、合戦をご所望と考えても」
「さて」
村頼は言葉を濁す。息子の宇野政頼から離れ、独断で正満を訪ねてきたかを問うても返答は無かった。
「……では、村頼様のお考えをお聞かせ願いたい」
「烏帽子子殿は話が早くて助かるな」
村頼の提示した条件は二つ。
今回の密会は赤松総領家には内密にすることと、宇野の兵士を二十人ばかりが鞍掛山城下の街道を通過することに目をつぶること。
「そんな事は出来かねます。何より、二十名もの人間が街道を通っていれば厭でも人の目につきます」
「かかか。さもありなん。だが、烏帽子子殿はあちこちで試掘をしていると聞き及んでいる」
よく調べている。八月に入って、鞍掛山の試掘坑からも僅かではあるが、金や銅などの鉱石が産出され始めていた。
「そこで一案があるのだが、我が宇野の兵士を鉱夫に紛れさせるのよ。身分も素性も分からん奴らの中であれば多少の融通も効くであろうよ」
大きな武具であっても、鉱山道具である鶴嘴や金バサミなどの束の中であれば、容易に隠すことも出来る。理論上は可能な案であり、正満さえ同意をすればほぼ成功するに違いない。
「最近は、尼子殿の動きも激しい。我らは確かに敵同士ではあるが、元は同じ赤松の家中。儂もお主も無駄に血を流すことはあるまい」
まじまじと見つめる村頼の言葉に、正満はついに折れた。
「内応はできかねますが、二十名の件は目をつぶりましょう」
この辺りが落とし所。万が一の事が起こったとしても、二十名程度であれば鞍掛山の兵数でも対処も出来よう。
「約束はくれぐれも」
「分かっておるわ。十分過ぎる。これで無用な兵火は避けられようよ」
期日は九月三日、時刻は顔の判別が付きにくくなる夕刻頃と決め、正満は烏帽子親を戸口から玄関まで見送る。
己の立場と不甲斐なさを噛み締め、遠い秋空を見上げる正満の後ろでは、産卵期を迎えた大きな雌のカマキリが今か今かと草陰から獲物を待ち構えているのが見えた。




