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二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第0章・摂州大物崩れ【享禄四年(1531年)】
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01・摂州大物崩れ1-3


「……貴殿は来ぬのか」

「高國様。申し訳ありませぬが、これより街道の警備に向かわねばならぬ故、どうかご容赦を」

「ふふ、その石頭は親父譲りか。よかろう。今の我らは貴殿らの協力に感謝をせねばならぬ」

「否、勿体ない御言葉です」

「いやいや。しかし、よもや貴殿らが要請に答えようとは。浦上殿もさぞや喜ばれよう」


 ボソリと一言呟いて、男はその場を後にする。彼の後ろ姿が消えるまで鎧武者は頭を伏せていた。

 

 あの戦装束の男こそが、前管領の細川高國。

この物語、はじまりの天下人。

 

 管領とは、幕府における将軍の補佐役。元来それほど強い実権力はない。

 様相が変わったのは、高國の養父・細川政元の時代から。時の将軍を武力によって引きずり降ろし、管領職こそが全国の守護大名の統括役と政治の覇権を握り始める。細川家は養父の変死後、次期政権を懸けて養子同士が血みどろの政争を繰り広げ、今に至る。


「商人、気圧されたか」

「いやはや。あのお方には鬼気迫るものが御座いました」

「ああ、そうだな」


  高國派は、三年前にも同じように上洛を目指し、京都へと挙兵したのだが、その際には政敵の軍勢に手酷く破れ、ほうほうの態で難を逃れた。敗戦後、高國は全国の大名逹に再度助力を求めたのだが、落ち目になった彼に手を貸そうとする者は現れず、各地で辛酸を舐めさせられたと聞く。

 

 高國派が最後に頼ったのは備前国。

 備前浦上氏の当主、浦上村宗は下剋上大名。己の主君、隣国の前播磨国守護・赤松義村を弑逆し、新たに義村の息子・赤松晴政を傀儡政権に立てることで戦国大名として独立した経歴を持つ。

 それ故、赤松家の旧臣逹の中には、御家を乗っ取った浦上側を快く思わない者も多く、袂を分かち、播州各地で抵抗を続け、村宗は彼らの鎮圧に手を焼いていた。

 その播磨と備前の内紛に、高國派は目をつけた。

 高國は、浦上氏に播磨統一の大義名分、正式な統治権を与えることを条件に、村宗に京都奪還の援助を願い出た。渡りに船と、野心家の村宗が狂喜したのは言うまでもない。

 

 播磨国を浦上氏の実行支配から守ろうとした赤松家ゆかりの者は、無意味に国内を乱そうとする反乱軍へと汚名を着せられ、再び赤松宗家に権力を戻そうとする運動は下火になる。

 昨年(享禄3年)の秋、村宗は念願の播磨国統一は成し遂げることに成功する。

 

 後は、約束通り村宗は高國と連合軍を組み、備前国人衆は京都へと軍を進めた。

 順風満帆に見えた高國だったが、その心中には、いつも気がかりなことがあった。


「何で御座いましょう」

「簡単なこと、……高國殿の御年齢だ」


 高國は、今年四十八。

 

 人間五十年の時代、彼の年齢は老境の域に達し、片足以上が墓穴に入り込んだ状態と考えていい。

そして今度の挙兵に、高國派は三年の月日を費やした。

ゆえに、細川高國には後がない。


「それに、あの方が焦る理由は、もう一つある」

「…………」

「あの方には、もうすぐ孫が生まれる」


 浦上氏には高國の娘が一人預けられているのだが、二月前に彼女の妊娠が判明した。

 高國は、実の息子を早くに亡くし、兄弟縁者にも恵まれず、陣中で娘の懐妊を聞いた時の喜び様はひとしおのものではなかったらしい。


「男か女かはまだ知らんが、経過は良好。早ければ今年の冬には生まれるだろう」

「ははあ…、なるほど。あの様な方でもやはり人の親ですか。自分の跡継ぎには、やはり自らの血統を迎えたいと」

「ああ、そうだろうな」


 あの鉄面皮の下には、当たり前の人間の心が確かに存在しているのだろう。


「いやいや勉強になりました。人は見かけによらないと申しますが、まさにそのとおり。しかし、御武家様は随分と内部事情に御詳しいようですが、果たして良いので御座いますか」


 いつ如何なる時代においても、情報漏洩の罪は重い。


「構わぬさ。先程の誤解の詫びとでも受け取れ」

「しかし、私は口が軽う御座います」

「何が言いたい」


ハシの眼には、商売人の炎が燃えていた。


「差し支えないようでしたら、御武家様の御名前を伺っても」

「ふむ。……七条政元、だが」

「では政元様。今後、軍内での染め物は我ら京屋をぜひとも御贔屓に」


これこそが商人の生きざまなのだと、政元は何処かで悟った。


「考えておこう」


 程無く、書状の確認を終えた番兵がハシの商売仲間を連れて戻る。

 この奇妙な談話は終わりを告げた。


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