08・播州鬼騒動四4-2
「……何かを、探してる」
板一枚、音まで完全に遮断することは難しい。
少女が妹を包む腕の力が少し強まった。
彼女らが頼りとする雲水が何処にいるかは不明。手元に忍ばせる護り刀は一振り。もし妹に毒牙がかかろうものならば、斬られる覚悟で飛び出そうと身構える。
集落に侵入してきた浦上勢はそう多くはあるまい。きっと騒ぎを聞きつけて誰かが利神城まで知らせに行っているに違いない。
自分の心臓の音すら喧しかろうと、雪は残る左手で自分の胸をぐいと握りしめる。
身じろぎひとつで命が決まる。
「おい、小屋だ。誰ぞ中を見たか」
「まだですな。炭小屋のようです」
「……聞いた話と違うな。確認してみろ」
頭目らしき男の声で、少女らの頭上で扉が他愛なく蹴破られた。
「女、だな。女の匂いがする」
浦上兵の一人が呟く。
戦には、経験働きがものをいう。戦場間の掠奪行為を常とする雑兵どもからすれば、少女ふたりの生活空間には確かな人の温もりが残され過ぎている。
慣れた手付きで床板を叩き始めると、間もなく浦上兵らは地下空間の存在を捉え始める。
にやにやと下卑た笑みを浮かべることを忘れていない。捕えて手籠めにしようと、売り払って多少の金を手にしようと、強奪者の手の中にのみ選択権は存在する。女であれば二貫は堅い。
「……地下蔵か」
獲物を前に獲り逃がしたと、男達ががなる。
「お待ちを。内鍵は閉じた儘です。まだ居るやも……」
目敏い。厄介な相手が侵入してきたものだと雪は内心で嘆息する。
彼女らが隠れる事を急いた代償は大きい。時間との勝負だが、狭い室内、隠れられる場所など高が知れる。頭上の足音が一段と大きくなり、目の前の地下倉庫に男の一人が立ち入り内部の物資をどんどんと運び出していく。
だん、だん、だん、と、床下に潜り込んだ男が地下室の壁を叩く度に、少女の腕の中で小さな妹がびくりと身を震わせる。きっと妹は泣きそうな顔をしている。それでも健気に声を殺し、嵐が過ぎるまで耐えようとしていた。
それが、堪らなく雪には情けなかった。
後方に逃げ道は無い。怯えた妹を護る力も、窮地に応える味方もない。
ばたん、と男の手が当たる音が一際大きく高くなる。
捕捉された。
泣きそうなのは少女も同じ。しかし、今はまだ泣けない。
ばたんばたんと、隠し部屋の板壁が何度も鳴り始める。確実にこの場所の位置は特定された。
程なく、手斧を用いて少女らの『壁』は破砕される。
彼女らが頼みとしていた雲水が食糧調達の旅から戻ってきたのは、この襲撃から二日の後。
呆然と荒らされた集落に立つ至岳禅師が目にしたものは、予てより懇意にし、既に焼け落ちて白煙すら立てなくなった少女らの住処跡だった。




