08・播州鬼騒動四4-1
《 4 》
同、七月五日(1553年8月13日)、佐用郡の北端・大猪伏(現・大木谷集落北部)の地には、赤松側に与する利神別所氏や豊福氏らの番所が置かれ、備前北部からの侵入に警戒に当たっていた。
遠く、男達が叫ぶ声。物々しい雰囲気が近づく中で、雪は飛び起きる。
薄暗く、杉板で目張りをした室内、それでも夏の日差しは遠慮なしに通り抜ける。窓の端から滲む太陽の光からは、今が昼前ではないかと推察出来た。
「……花、起きて」
七条屋敷に勤めていた少女とその姉。二人は屋敷の者達から近くの利神城へ避難を勧められていたが、彼女らは集落のあばら屋を離れられずにいた。
それは紛れもなく自分の所為だと、雪は自分を恥じる。
夏空は、濃い青色の空が山の深い緑色の稜線を撫でる如く切り取るのだと人は言う。
ならば、彼女はまだ夏の空を見たことが無い。
日の光は、彼女に強過ぎる。
「……足音が近づいて来る。早く、隠れる準備をして」
少女らは床板を抜くと地下の貯蔵室への扉を開く。かつての家人も利用していたのだろう。この家の地下蔵は存外に広く、十歳と八歳の子供二人が隠れられる空間が広がっている。床板を戻し、二人で床下に繋がる最奥部のすき間を抜け、松の間仕切りを壁として置くと簡易的な地下壕になった。
これならば、床を外して上から覗いたところで、保存用の糧食や味噌などは発見されるだろうが、まず偽装があるなど思うまい。
この場所を設計したのは誰なのか。
つんと、地面の下の匂いがする。
暗くじめじめとした漆喰造り。大人ならば中腰、子供ならば少し頭をかがめれば通ることの出来る空間。最奥には床下から裏山へと抜ける道の痕跡が残っていると聞かされたこともある。
夏の空気から途絶された、暗い室内。一年を通じて一定の温度に保たれた地下室は、虫の一匹、枯れ葉一枚も見かけることがない。定期的な掃除が行われている証拠だ。
手探りで適当な空間を把握すると、声を潜め、息を殺す。
聞き耳を立てれば、男達の声が集落の方から響くのが聞こえる。少女ら二人がこの空間に潜るのは一度や二度ではない。どの程度外に漏れるかは知っている。油断は出来ない。
「雪姉……」
「静かに。怖かったら姉さんの方に来ても良いからね」
花は一度こくりと頷くと、姉の懐にしがみついた。
時折、大きな破砕音。乱取り目的か、男達は集落の家々の扉を壊しては家屋の中で物色した成果をがやがやと報告し合っている。細かな内容までは聞き取れないが、彼等には明らかな目的があるように思えた。