07・播州鬼騒動四3-1
《 3 》
同七月四日(1553年8月12日)、亥の刻。
濃紺色の空には薄雲が一条靡き、星影さやかに乳白色の天の川が掛かる。
月の煌々とした照りの無い頭上の川縁では、牽牛と織姫の二つ星が間もなく来る再会の日を待ちわびて仄かに夜道を照らし出す。さやか星影が照らす夜の闇を、ぽつねんとした二十ばかりの灯火が切り取って滲む。
浦上氏の斥候が吉永を越えてのそりのそりと七条家の領地へと迫る報を、七条政範は上月城近くの円光寺砦で聞いた。
二日前、会談を終えた七条政範は父・政元の元へと迷わず向かった。
一族で会議が開かれたが、宇喜多氏からの提案は一も二も無く却下。備前国を賭けた浦上兄弟の争いは、出雲尼子の当てが外れた政宗派と比べて今は宗景派が優勢に見える。両者決定的な事案が無い以上、いっときはどちらかが優勢に見えたとしても先行きは不透明と言えた。
なにより赤松総領家への忠に背く行為は政元らにとって無理難題。旗印を鮮明にするよりも難しい。
「父上、浦上の手の者には」
「分かっておる。夜道を越えようとする程だ。誰か内通者か協力する者がいるのだろう」
浦上の物見隊を先導する松明は二つ。時折大きく灯火が左右に振れる。赤松家重臣時代には何度も行き来したであろう浦上氏だが、かつての土地勘だけで夜の敵地に踏み入れるほど命知らずではない。明かりが振れる場所では一旦立ち止まり、周囲を警戒してから再び歩みを進めている。
「関所が破られた報告はありません。顔利きでしょうか」
「さて、な」
二日間の間に七条家が集められた兵数は二百余り。七条屋敷の子供たちは村の女手や集会場への避難をさせた。上月城の篝火を爛々と燃やせば、浦上兵の侵入は遠く利神城まで伝わるだろう。街道の数か所には鹿砦を設置して兵を置いた。夏場、緊急時にも関わらず皆よく力を貸してくれていた。
「政元様。先手を打たれますか」
「ならん。まだ、合戦を回避できないと決まったわけではあるまい」
宇喜多の言葉が真実であれば、来年からの戦に備え、浦上氏側も兵の損耗を抑えたい思惑があるに違いない。その為に、使いの者が当主の息子を拉致させるような強硬策を採用したにもかかわらず、無傷で政範を手放している。人質のままであれば交渉を優位に進められただろう。
勝てない戦ではない。そう、政元の勘が告げている。
「村の入口に使者を立たせろ。斬りつけてくるようであればこちらも夜襲を仕掛ける」
部下に指示を飛ばすと、それぞれの持ち場に配置させていく。その中には、今年元服を迎えたばかりの三男・政直の姿もあり、慣れない具足姿で兄・政範に追従している。ぎこちなくはあるが戦場の空気に少しでも早く馴染もうとする息子達の姿に政元の口がほころぶ。




