06・播州鬼騒動三2-2
今日の来客は三名。面会と政務が終わった頃には、既に夜の帳が降りていた。
屋敷の障子を開け放ち、正満は夏山の草いきれをひとしきり楽しむと、蚊遣火に火を入れ、今年捕れたばかりの若鮎の背を齧りつく。
この鮎も、昼間の客の手土産だった。
本日二番目の客は、熊笹に十五匹もの若鮎を下げた行商人。
彼は播磨から出雲方面にかけて販路の許可と、街道沿いの関銭免除の手形を求め、正満のもとを訪れていた。本来であれば国内の申請は置塩館で行われるべき案件ではある。
だが、今の時流は違う。
行商人によれば、彼の仕事仲間の間では、赤松本家の発行する手形より、一門衆の七条家や龍野赤松家などの地元衆からの免状の方が効力を持つのだという。関所の通行税は赤松家にとっても重要な税収のひとつのはずなのだが、半独立勢力と化した地侍達に渡りを付けた方が手っ取り早いと考えているのかも知れない。
播磨国守護の権威はここまで堕ちたかと、正満は内心で独りごつ。
「……彼らから見れば、当家の事情など知らぬことか」
白く濁った塩焼きの魚と目があった。
「夕涼み、ですか」
「少し気が早い。蛍もまだ飛ばないぞ」
梅雨の切れ間に、久方ぶりの月が浮かぶ。
部屋に顔を覗かせたのは、何処かおっとりとした雰囲気の娘。名をしげという、正満の正妻だった。
年齢は正満よりも一、二歳上。彼女の出自は、佐用郡北部の利神別所氏。長らく赤松家を支え続けてきた重臣別所一族の出。郷が近いこともあり二人は幼少よりの知り合いだった。
かつて、彼女の父・別所静治は突如赤松家を見限り、出雲尼子氏と内応しようという動きを見せたことがある。この事件自体、事前に謀反を察知していた赤松軍により利神城が取り囲まれることで呆気なく潰えてしまい、娘のしげは和議の証として赤松家に届けられた。
赤松本家預かりとなったしげだったが、案の定、背信者の娘に近寄る者はおらず、やがて彼女自身は孤独に耐えきれず、食を断ち、緩慢な自殺を謀るまで追い詰められた。骨と皮、餓鬼の様に腹水の溜まった姿になったところをたまたま話を聞きつけた正満の援けにによって命を救われた。
後は、互いに囚われの昔馴染みの縁が結ばれ、程無く二人の祝言の日取りが決められた。赤松本家としても、七条家の嫁ならば主家筋との血縁関係を結ばれ、別所一族も嫌な顔をしまいという算段があったのかも知れない。
世に言う政略結婚。だが、当の本人達は汚い世の政争からは距離を置き、権謀術数の外に居たがった。