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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第四章・播州鬼騒動二【天文二十二年(1553年)~】
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05・播州鬼騒動二4-3(高田表の戦い)


 この日、夜半から風が北寄りに変わり、天候は次第に崩れ始めた。


 直家は、天候の変化も予見していたらしい。予想通り、真夜中過ぎにはどんよりと湿気を帯びた低い雲が全天を覆い、肌寒い春の夜、誂えたようにぽつぽつと雨が降り始め、両軍の肩を濡らし始めた。

 

 間もなく激しい雷雨となり、鉄傘のある篝火はまだしも、剥き出しの焚火は一気に光を失った。


 暗夜、視界は閉ざされ、雨音で聴覚も当てにならない。尼子軍本陣では警備の者を増員し、周囲の警戒を更に強め、浦上氏の夜襲に備えさせた。昼間の会戦で決着がつかず、白兵戦で互角に渡り合う戦力を持つ相手への対処としては至極妥当な方針といえた。


 多数の尼子兵が雨に打たれながら、寝ず番としてほとんど休む間もなく街道向こうの浦上軍の動静を睨み続けた。


 だが、この夜において、若く大胆不敵な謀略家の戦略眼に軍配が上がる。

 

 同時刻、浦上陣営の軍議では持久戦が献策され、戦線を備前国境以南まで引き下げ、同時に安芸毛利氏への援軍要請に伝令を走らせ、宗景ら本隊は闇夜の雨に乗じて撤退が進められていた。彼らには、最初からこの勝山の地で決戦を行うつもりなど無かった。


 雨は凡そ一刻(2時間)あまり降り続け、天運は常に浦上軍に味方し続けた。

 

 一夜が明け、濡れ鼠の尼子勢は、誰も居ない戦場を前にただ茫然と立ち尽くしていた。


 地元の者も、昨晩の浦上軍の撤退に気づけなかった。

 それでも伏兵を恐れて、昼頃まで周囲一帯の聞き込みを行なったが、かろうじて東部を流れる旭川沿いで防柵跡を見つけた程度の成果しかない。それは浦上軍が本軍はおろか、殿軍の引き上げも完了していたことを意味していた。

 

 やり場の無い怒りと途方も無い疲労感が、ぬかるんだ足元に広がっていた。



 以降の尼子勢は、独立派の城郭を怒りに任せて遮二無二攻め立て、一時は天神山城付近まで攻め寄せた。だが、肝心の会戦に臨もうとすれば、のらりくらりと戦闘は避けられ、遂には浦上軍の逃走は隣国の播磨加古川にまで至る。

 

 そして四月六日、毛利氏が備後国吉舎山へと攻め込んだ事を受け、尼子本隊が救援に向かったことで一連の戦は次第に終息に向かい始める。宗景らは尼子勢を翻弄し続け、城や砦への被害を最小限に留めることにも成功させた。


 結局、この美作勝山の戦いは尼子軍には物資の消耗を、備前国には更なる混乱をもたらしただけに終わり、以前にも増して浦上兄弟も決着が付かないまま政争だけが加熱していく。

 

 けれども戦後処理の際に、一つの不可解な出来事が見つかり、備前独立派をいぶかしませた。

 

 それは五月に入り再度美作国を取り戻そうとした浦上軍が、勝山から少し西に行った尼子陣地跡付近の雑木林から、一体の腐乱死体が見つけられたこと。遺体は、遺留品の家紋などから川野某という浦上家の侍だと判明し、彼の遺品が備前国の宗景の元へと届けられた。


 川野某は、この勝山合戦において、毛利氏への伝令役として安芸国吉田郡山に走らせたはずだった。しかし、遺体の胸元からは宗景の花押入りの書状が見つかり、毛利側には便りは届いていなかったことが判明した。

 

 だが、それにも関わらず、毛利氏の館には浦上からの使者が訪れ、援軍を乞うためにお目通りしたという記録が残っている。

 

 送ったはずの使者が死に、送られていないはずの使者が存在する。宗景が配下の者に聞いても、他に誰も使者を送った者はおらず、不思議な出来事に首を傾げるばかりだった。


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