05・播州鬼騒動二2-1
《 2 》
同年、一月二十四日(1552年2月6日)。
この日、佐用郡全域が大雪に見舞われていた。
春近い郡内ではあるが、まだ深夜や早朝に気温が氷点下を下回ることも珍しくない。
二日前から降り頻る牡丹雪は一向に止む気配がなく、根雪として平野部でも膝が埋まるほどの雪となっていた。
それでもまだ、雪は降り止やみそうにない。
平地で膝上の雪ならば、郡内奥深くの山間部では人の背丈までが雪に埋もれる。
山奥の猪伏集落では、積雪の重みで戸口が開かなくなり、屋根の雪降ろしが出来ぬまま家屋が押し潰され、数名の死人も出たらしい。
夜明け前、太陽が昇りきらぬ薄暗い集落の一室では、一人の少女が周囲からの音に耳を側立てていた。
閉め切られた室内に小さな囲炉裏を囲み、少女の隣では、彼女の妹が静かに寝息を立てている。
囲炉裏に火は入っていない。屋外から運び込んだ薪は湿気って使い物にならず、屋内の薪炭も残り限られた量しかない。
数回の煮炊きに使えばそれで尽きてしまう。
二人は身を寄せ合い、蓑虫のように布切れを継ぎ接ぎ合わせ、出来上がった一枚布を幾重にも巻くことで、互いの暖としていた。
「……雪姉、どうしたの」
身動ぎが隣にも伝わってしまったらしい。寝惚け眼の妹が、うろん気な瞳で姉を見上げていた。
「ううん…、何でもないよ。一寸早く目が覚めただけ」
「そう」
手の子午線すら見えぬ室内で、妹の方から小さな欠伸の声がしたかと思うと、また再び穏やかな寝息が聞こえ始めた。
少女の名前は雪という。七条屋敷の侍女、花の姉にあたる人物となる。
歳は、妹よりも一つ二つ上だろうか。あまり薄暗い部屋の中では、よく顔が見えない。彼女は生来視力が弱く、常日頃から視界のぼやけた世界で生きてきたせいか、他人よりも耳や鼻が鋭い。だからか、眠りの浅い深夜や朝方に、些細な物音に反応して目覚めてしまうことも日常茶飯事だった。
「…………」
特に怪しい気配もない。
冬の間、隙間風で悩まされた部屋も溶けた雪が氷となり、あばら家を天然の雪洞に変えてくれたお蔭で人肌だけでも随分と温かく感じられる。いつもの様に眠り直そうと、また布を頭から被り、仄暗い室内で目を閉じてみる。
少女の視界は、それだけで完全な暗闇で満たされた。
外はこうこうと吹雪が唸りを挙げ、時折、周りの木々から滑り落ちる雪がトサリトサリと軽い音を立てている。この様子では、今日も出歩くことは難しい。飲み水や食べ物の蓄えは、まだ残っていただろうか。
一瞬、そんな考えが少女の脳裏を過ったけれど、考えてみれば、このまま外に出れないのであれば、どのみち空腹を我慢せざるを得ない。ならば、無い物ねだりよりも微睡みに身を委ね、少しでも熱量の消費を減らした方が有意義となる。
六畳ほどの空間で、二人はこくりこくりと舟を漕ぐ。
次に雪が目覚めたのは、恐らく昼頃だと思う。閉鎖された空間では、時間は漠然としか判らない。腹の空き具合から察するに、朝からそれほどの時間は経過していないらしい。朝方の強風は昼には収まったが、気温は大して上がらなかったようだ。雪融けの水音が、この時刻になっても聞こえない。
「…………」
横に手を伸ばすと、今朝に引き続き温かな体温を感じた。静かな寝息もそのままだ。
手探りで柔らかな髪の毛を撫でると、妹はくすぐったそうに身を捩り、姉の手を払いのける。
その感覚が楽しくて、彼女は何度か同じ行為を繰り返した。
「おや、起きたのか」
「…………」
今朝には無かった男性の声が土間の方から聞こえる。少女達にとって馴染みのある落ち着いた声だった。




