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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第四章・播州鬼騒動二【天文二十二年(1553年)~】
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05・播州鬼騒動二1-2


「御屋形様はどこに」


 赤松家当主の館は、昨今の政情不安により山の裾野から山頂の本丸近くへと移転していた。


 夢前川(ゆめさきがわ)前の山門を通り、三つの大曲輪群を駆け抜け、山上にある城主の間まで向かうことは疲労困憊の正澄にとってなかなかに厳しい試練だったが、寸刻を惜しんでいる時間はない。


「何事だ」

「……これより、宇野氏討伐の命令を御出し下され。急がねば手遅れになります」


 息を荒げ、正澄が当主晴政に詰め寄った。


「確かな証拠は揃っておるのか」

「そこまで悠長な時間はありませぬ」

 

 数百、出来れば一千。今より募兵に掛からねば、彼らが早晩この城下まで攻め昇ることは明白。宍粟郡において自分が今しがたまで経験してきた事のあらましを告げ、晴政に発破をかけたが、正澄の言に対して当主の彼の顔は渋かった。


「何故です。優先すべきことが見えていないのですか」

「そうではない。だが、今は動けぬ」


 今、今の赤松家は以前にもまして斜陽の中にいる。惣領家当主の権限は制限され、実態として、現状の晴政は播磨国守護の銘が貼られただけの周辺諸侯の取りまとめ役に過ぎない。先の備前・美作両守護職失陥の件はさらに赤松家の箔を落とす事態となり、晴政は肩身の狭い思いの中、家臣らの顔色を伺っていた。


「……恐らくだが、宇野の討伐を政宗と政職の二人が許可すまい。あれらは儂が力を付ける事を極力避けさせようとしておる」


 当主の苦悩は、正澄も重々承知していた。赤松家家中において、家臣同士の揉め事が起きた際には、惣領家単独での発言力では解決は先ず不可能と認識されていた。それゆえ、晴政もこれまでは宿老筆頭の浦上政宗(うらがみまさむね)や姫路に強く根を張る重臣小寺(こでら)氏から助力を得る事でなんとか政権運営を行っていた。

 

 しかし、今ここに至って、浦上政宗は家臣団をまとめ、本拠のある室津に引き上げている。この浦上側の動きに対し、一部の赤松重臣の中からは「浦上は赤松を見限り尼子方に降ったのだ」と噂立てる者が居たことは、正澄も耳にしていた。

 

 目の前の晴政が、播磨の盟主として、いかに苦悩をしながら日々の政務に挑み、政治的な苦境に立たされているかは正澄も知っている。当主の不甲斐なさを攻める間違いを、正澄も理解した。

 

 時代の風雪に堪え忍ぶならば、やがて春も訪れよう。


「ならば、いつであれば動けましょう」

「今から評定を開けば、早くて二月。秋の収穫があればかりでは、恐らく皆兵糧集めにも難儀するだろう」


 昨年の冷たい夏は、播磨国各地の田畑でイモチとカビを呼び覚まし、秋の実りにかなりの影響が出ていた。平常ならば穀倉地帯となる播州平野でも昨秋の米の収穫は良いところ普段の七割程度となる。領内では穀類の高騰が続き、不満を溜めた民衆を煽る一向宗の門徒の姿もちらほらしていると聞く。


「宇野殿の出方はいつと見る」

「恐らく春までは。しかし、山桜までは……」


 宇野勢は、宇野の一族衆と精鋭の広瀬衆を含めておよそ二千。

 春になり、山に若葉が芽吹く頃には、それだけの軍勢が置塩から僅か四里か五里の距離から押し寄せ、播磨の山々を縦横無尽に駆け回る。


「正澄、話にある男逹が向かったのは出雲か備前か」

「……残念ながらそこまでは」

「場合によっては、佐用郡の兄上達にも、西国防衛の役目を放棄して貰わざるを得まいな」


 宍粟郡が裏切れば、置塩と佐用郡との中間、晴政と政元の軍勢を分つ楔に変わる。

 隣の佐用郡までは、大きな峠越えが三つ。西国から尼子や浦上が動けば、連動して宇野勢も動き出す。そうなれば自然と街道上の政元逹は孤立、赤松家は因幡伯耆方面への備えが途絶する。


「佐用方面には」

「後で誰かを走らせよう。今は時が惜しい。悪いが、直ぐに皆に集まるように伝えよ」

「ははっ」


 慌ただしく立ち去る正澄を見送ると、晴政はふらふらと庭の周りを歩き始めた。

 戦乱の世、一時の休息を取ろうと造営した茶室がこの飛び石の先にある。寂しい枯れ木ばかりの庭園だったが、京の庭師に作らせた枯山水が映えて見える。晴政は、肩幅を少し広くした程度しかない粗末な潜り戸を抜け、小さな窓から見える景色に思いを馳せた。


 久しく使われていない二畳余りの空間。

 四十路を迎えた晴政が、生まれて初めて手にした唯一の隠れ家だった。


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