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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第三章・播州鬼騒動一【天文二十一年(1552年)~】
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04・播州鬼騒動一4-3


「まあ、待て」


 すぐに場を静めたのは、集落の古老達だった。血気逸ろうとする集落の者を諫め、上座から土間に座る政範に立ち上がるよう懇願した。古老達の表情は柔和だが、その老いた眼差しが冷徹に政範を射抜いていた。


「……いやいや失礼、お恥ずかしいところを。今日はハレの日、皆も浮かれておりましてな」

「…………」


 言葉一つにしても穏やかさの中に鋭い棘があり、言外の威圧を目的としている。


「我らは貴殿がいらぬ邪魔かと、そう心配しております」


 集落の者を見渡せば、一応、場の裁定を古老逹に任せているのだが、何かあればすぐに政範に掴み掛かろうと、手元の鉈や包丁などの刃物に手をかけていた。


「ではお若いの、まずは何処のどなたか、名前を聞かせて貰いたい」

「…………」


 嫌な汗が政範の背中を、ツウと流れた。

 彼が隣の少女に目線を向けると、彼女も困惑しているらしい。少女は半べそをかきながら政範を見上げていた。これは、腹をくくるしかない。年若い政範には身上を偽ろうとする口上も思い浮かばず、素直に自分の正体を晒し、後の判断は彼らに委ねる他に良い案が思い浮かばなかった。


「皆、失礼致した。手前は佐用村七条屋敷の七条政元が次男、七条政範と申す。初めに名乗らなかった御無礼、お許し頂きたい」


 玄関先の若者が、深く一礼をする。


「…………」

「この度の件は、手前が勝手に花殿に頼み込んだが所以。何卒、何卒」


 政範は深く深く頭を下げ、右手で然り気無く少女を自分の背に回す。

 自分の失態で年端もいかぬ少女を危険に晒してはならぬという、せめてもの抵抗だった。

 

 途端、盛大な爆笑と惜しみ無い拍手が沸き上がった。

 萎縮した政範の頭上から、二人を歓迎する声が降り注ぎ、誰もが口々に彼の行動を賞賛している。


 ――ビィン。


 新たな訪問者への歓迎の挨拶のように、夜の集落に一乗の和音が響き渡った。


「……さて、今宵も始まりましたな。政範様、どうぞこちらへ」


 二人は上座に通され歓待を受けることとなる。冬の静寂の饗宴は、まだ始まったばかり。

 

 この日の空琵琶は、いつもより長く鳴り響き、明け方夜が白む頃まで皆の耳を楽しませ続けた。

 そして、最後に一度だけ何かの謠が聞こえたかと思うと、それきり音は止んでしまった。


 

 これが、この年最後の空琵琶の記録である。



頼母子講(たのもしこう)

 頼母子(たのもし)無尽(むじん)無尽講(むじんこう)模合(もあい)とも呼ばれる。

 頼母子講は細かな取り決めは地区ごとに異なるが、参加した全員が決められたもの(主に金銭。昔であれば穀物など)を持ち寄り、一定期間積み立て、ある程度まとまった額になると必要な者が名乗り出てくじ引きなどで金銭を分け合う点で共通している。

 一度金銭を受け取った者は、講の取り決めに従い、一定期間は再度くじに参加する事が出来なくなる。

 起源は奈良時代くらいから始まり、書物に登場し始めるのは鎌倉時代。規模は講によって異なるが、小さいものは奥様同士のお小遣い程度、大きいものは地域の銀行クラスの講も存在し、戦後GHQによって制限がかけられるまで全国各地の民間互助装置として活躍した。

 佐用郡の頼母子講は戦後しばらく続いていたらしく、おそらく昭和中期までは続いていたという。頼母子講で手に入れる金銭もそうだが、娯楽が少なかった時代、講を理由に適当にみんなで集まってやいのやいの飲んで騒ぐ方が楽しみだったと後に老人は語っている。

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