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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第三章・播州鬼騒動一【天文二十一年(1552年)~】
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04・播州鬼騒動一4-1【頼母子講(たのもしこう)】


《 4 》



 同日、宵の口。佐用村中心から歩いて一刻あまり。

 

 大撫山から北へ直線距離で半里ほどの位置に、後に字を大木谷と呼ばれる山間の小集落があった。

 山際に沿って、二十軒ほどの人家がポツポツと点在し、多くの者が畑作と林業を生業とする。何処にでもあるありふれた山の集落で、試験的に山の傾斜を利用した棚田も築かれているが、それでも米の実りは依然として充足からまだまだ遠い。

 

 故に、里山の山木を管理し、育て、売る。

 

 冬季、木材の売れ行きが悪いときは家族総出で漆を掻き、藤や葛細工物を編み込んでは、近くの村々を売り歩くこともある。皆が寄り添うことが、日々の生活の要。それがこの集落での暮らしとなる。


 生活は貧しくとも、常に人間という生き物は娯楽を求め続ける。集落の大人達は、山仕事の合間に駄弁ったり、共に唄を歌ったり、手先が器用な者は自作の笛で皆の耳を楽しませたりもする。話し上手が加わればその日の仕事の上りも良い。子らも子らで、家族の手伝いが終わると僅かな時間が見つけては、木の枝一本、桶一つでも何かしらに娯楽を見いだしていく。

 

 そうした彼らの楽しみの一つに、夜話会というものがあった。

 夜話会とは、年に数度、集落の古老の家に集まり、夜通しで土地の伝承や昔話を語り会う。頼母子講(たのもしこう)の一種だったという話もあるが、それよりも皆で親睦を深めるための定例行事だったように思われる。会では、暗黙の了解として各々の家から何かしら料理を持ち寄る規約があったが、そんなものはあまり大した負担ではない。


 大人数が集まり、皆で一緒にのんべんだらりと騒がしく食べる。普段より一手間二手間かけられた豪勢な食事を彩りに、会が始まれば、話す、聞く、食べる、その楽しみは人それぞれ。若者達の中には、男女がこっそりと連れ立って夜の闇に消えていく者もいる。


 どれも普段の生活から離れたハレの日の行事。

 

 十月晦日、夜。

 この日の夜話会の演目には、ある怪談が挙げられていた。

 怪談そのものは、もうわりと昔から佐用郡各地で語り継がれてきた、お馴染みの話だった。

 

 要約すれば、天狗倒しや狐狸囃子などの不思議譚。

 山仕事をしていると、何処からともなく奇妙な音楽が流れてくる。こんな山奥で、なんとも不思議な事もあるものだと思い、音を辿っていくと、演奏は突然フツリと途絶えてしまう。笛や太鼓など、音源となる楽器の種類はばらつきがあるものの、どの話も『肝心の演奏者を見た者がいない』点で共通していた。古の人々はこの奇妙な現象を、山奥で天狗や狐狸が宴会をしている証だとして、土地の伝承に残している。

 

 話題はそこから、この夏以降、現在の大木谷集落奥の山の中で音楽を聞く者が急増していた。

 演奏は月に数度、決まって夕刻以降。山奥にある廃集落の方角から琵琶の音が幽かに鳴り響き、誰もが寝静まる真夜中過ぎまで続く。

 

 曲目は分からない。微弱な音色は谷の複雑な地形に反響し、途中で山の木々に緩衝を受け、風に揺らされることで、集落の者の耳に届くのはろくに調弦されていない琵琶の音だけとなる。それは、まるで子供が無邪気に掻き鳴らしたような奔放な音色だったと評す者もいた。


 初めは、廃棄集落からの音楽ということもあり、皆も気味悪がっていた。

 若者の中には、よもや野盗でも住み着かれたのではと、日中、日のあるうちに何度か廃集落の探索を行った者もいた。だが、捜索は毎回骨折り損に終わり、人間の姿はおろか焚火の痕跡すら発見出来ず、やがては捜索自体が打ち切られた。


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