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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第三章・播州鬼騒動一【天文二十一年(1552年)~】
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04・播州鬼騒動一3-2

 この時代、社会構造は良くも悪くも村社会。

 

 東北会津の三泣き、郷に入らば郷に従えの言葉に代表されるように、村社会で生きる人間は横の繋がりを重んじる。傾向としては、身内に甘く余所者に厳しい。

 そしてその傾向は、この佐用村においても例外ではない。

 

 まして、播磨国は極めて不安定な政治情勢が続いている。自分達の土地を自分達で維持管理していこうとする素養は十分すぎるほどだった。

 

 だからこそ父・政元は、統治者側の叔父・正澄ではなく、村側の属する少女・花を利用した。

 少女は口下手で、人一倍無理をしようとする。

 賑やかな市へ行けば、必ず何か仕出かすに違いない。

 

 そこを領主の息子であるところの政範がそれとなく補って見せれば、心優しい青年として村人達に受け入れられ易くなる。あまり多くの時間が許されない七条政元のせめてもの配慮だった。

 

 実際、父の心遣いは功を奏し、揺るぎない現実として、目の前の大きな鯉となって少女の背中に背負われている。


「それを貸してくれないか」

「あの……」

「なに、手本を見せるだけだ。もっと効率の良い運び方を教えるよ」

「……はい」


 いい加減、この少女の扱い方にも随分と慣れてきた。どんな言い方をすれば、あくまでも頑なな彼女の自尊心を傷つけず、その負担を減らすことが出来るのか。

 もちろん、政範に荷物を返す気などさらさら無い。自分だけ手ぶらで、年端もいかぬ子供が身を歪め、ふらふらと歩く姿を見ているなど御免被る。


「よし、そっちの干したやつを同じように持ってみろ」

「ええと……、こうですか」


 少女にとって抱えきれそうにないスベリヒユの乾物でも、政範にとっては大した重さではない。


「そうだ、筋が良いぞ。後は先導して道案内を頼む。郡内の道はさっぱり分からん」

「……はいっ」


 やっと少女の顔が綻んだ。

 きっと普段から周囲の大人達も、この子犬のような笑顔の少女に向けてきたのだろう。

 それにしても大荷物になったものだと、政範は自分の背中を省みた。

 

 当初の予定では、稗や粟などの保存がきく雑穀を手に入れるだけだった。それがいつの間にか、なんのかんのと理由を付けて、村人達が、大きな鯉に干し鮎、うるか、大根の味噌田楽なども包んでくれた。

 この背中の重みは、政範の歓迎だけではない。

 父政元への礼や、新たな仲間への期待、少女へのお駄賃も存分に込められていた。

 

 この荷は、七条家にとって体感以上に重みのある責任の証と言えた。


「……重いな」

「どうか、しましたか」


 三歩先の少女が立ち止まり、心配そうに政範を見上げていた。


「いや、何でもない。一寸考え事をしていただけだ」

「……そう、ですか」


 彼の独白は、幸い少女の耳に届かなかったようだ。

 また少し会話が途切れた。

 

 佐用屋敷を通り過ぎ、大撫山の麓の佐用構の下を通り抜ける。構は古い時代の砦のことで、佐用構はまだ赤松氏が地方豪族だった時分から存在し、以前から沖田平野から続く小高い丘を中心に、周囲を柵や空堀などで囲んで、街道と村の中心部を結ぶ交差点を警護する小拠点として使われていた。

 

 しかし、ここ最近では防御拠点というよりも、政治的な役割の方が大きい。

 村から程近い場所に置かれ、村に訴訟やいざこざが起きれば、それなりの設備が整えられた佐用構は、事態収拾に小回りが効いて重宝されていた。

 政元が、通常の政務を行っているのも、この構内の舘だった。

 

 本当に有事の際には、構から西へ半里ほど行った所にある佐用城に逃げる手筈らしい。

 昼間の案内で、少女がそんな内容のことを話していた。

 丘の上で門番らしき人影が退屈そうに背伸びしたのが、早い篝火に照らし出される。

 今日の市場にしても、村の空気に馴染めば、中央とは違う人間の逞しさが生きているのだ。


「……強い村だな」

「はい」


 今度は聞こえたようで、少女が力強く相槌を打った。

 何度も戦乱に村を荒らされても、小康状態となれば、再び息を吹き返し、やがては元の生活を取り戻していく。

 

 二人は再度村を振り返り、小さく頷いてから、また歩き始めた。


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