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二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第三章・播州鬼騒動一【天文二十一年(1552年)~】
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04・播州鬼騒動一3-1


《 3 》



 同日、午後。

 政範は、村を俯瞰する高台で少女の帰りを待っていた。

 秋の日は釣瓶落とし、初冬ともなれば言わずもがな。

 山際の夕陽が照り返し、政範の影をぼんやりと長く伸ばす。北風が轟と音を立てて通り過ぎた。

 

 高台には樹齢数百年の銀杏(いちょう)の樹が(そび)え立ち、太さ二丈の太い幹には幾重もの注連縄が巻かれていた。かつて平安の時分は、この辺りは上万願寺村と呼ばれた門前町で、銀杏の木は如意輪山万願寺の霊木として嘉吉の頃までは赤松一族からも懇意にされていたという。嘉吉の乱において、幕府軍の追撃を受けた赤松一党が龍野の城山(きのやま)に追いつめられた際には、この万願寺も赤松方の陣地として使用され寺院は焼失。現在は小さな観音像を祀る小社のみが現存していた。

 

 誰が供えたか、大樹のもとの台に小さな杯と小さな餅が三つ並べられ、政範は何気なく杯の側の黒ずんだ落ち葉を眺めていた。この見上げる程の大樹は、きっと自分達が居なくなった後も、ずっと歴史の行く末を悠然と見守り続けていくに違いない。

 

 静かな冬の訪れ。

 

 今日の佐用村は、市が立つ日に当たっていた。


 昼間、政範らが屋敷を出た時刻には、主要な通りのそこかしこに露店が並び、行商人達が呼び込む声が通り全体に満ち溢れていた。


 さすがに、こうして夕暮れ時ともなれば店じまいをする者ばかりで、政範の眼下では帰り支度を整えて帰路を急ぐ商人達の群れが幾つも通り過ぎていった。

 

 いつの間にか村内は彩りを失い、家々から炊飯の煙が立ち昇り、元の慎ましい山村の雰囲気を取り戻していたらしい。


「あの、すいません。お待たせしました」


 振り向けば、少女がいた。

 穀物入りの麻袋を腕に抱え、背中にはやたらと大きな魚籠を担いでいる。

 手を貸そうとして、政範はため息一つで諦めた。

 何も意地悪で止めたわけではない。

 政範は市場での惨劇を思い出し、同じ失態を何度も繰り返すことを未然に防いだだけだ。


「忘れ物、買えたのか」

「え、えと……、はい」


 政範は、なるべく平静を装って話しかける。

 少女が頷くと、魚籠の口からは魚の尾びれが飛び出し、ペチリと彼女の頭を叩いた。


「良かったな。帰るか」

「……はい」


 また、ペチリ。

 なんとも間抜けな光景だが、それでも、少女からすれば全てが大真面目。

 この花という少女とは、今朝出会ったばかりなのだが、彼女が仕事を拠り所としていることを政範はすぐに理解した。それは口下手な少女の、彼女なりの幼い自己主張と言い換えても良い。

 

 他人の役に立つことを第一に考えて行動している、といえばまだ響きは良いいだろう。だが、下手に政範が手伝おうとすれば、少女は自らの存在意義を見失い、自分は役立たずなのか、もう必要とされないのかと泣きそうな顔をする。

 

 政範がそうでは無いと言い聞かせると、今度は、主人の御子息に気を使わせて御免なさい、と自分の不明を恥じて何度も頭を下げた。

 

 全く、彼女は不器用な子供そのもの。しかし今日一日、少女のこの不器用さに、新参者の政範が何度も救われたことを、彼自身が一番深く身に染みていた。

 

 朝の会議の後、政範は父に呼び出されていた。

 政元は、少女を連れて村の市を散策し、彼女を自宅まで送り届けるよう息子に厳命していた。

 言われた当初、言葉の意味が解らなかったが、実際に村を歩き回ってみると、すぐに父の意図を実感することが出来た。少女と共に行動することで、村人達の視線や態度が早朝とは比べ物にならない程軟化していたのだ。


 少女の背中で暴れ回る魚も、あの態度の悪い舟引人夫からの頂き物だった。

 あの人夫とは偶然市場で出会い、今度は向こうから因縁を吹っ掛けてきたのだが、花が間に立って政範を紹介すると、多少忌々しそうにしながらも矛を納めてくれた。

 

 そして、詫びの品といって、二人に泥抜きを終えた二尺余りの大きな鯉を譲ってくれたのだ。

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