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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第三章・播州鬼騒動一【天文二十一年(1552年)~】
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04・播州鬼騒動一2-2


 いつだったか、仲間の一人から昔の人が猫じゃらしを(あわ)に変えたと教わった時は、さすがに眉に唾をつけようかと疑ったこともある。けれど後になって主人の政元からも同じ内容の話を聞かされ、内心密かに仕事仲間達に詫びていたのも幼い少女にとっては大切な記憶の一つとなる。


 七条屋敷の皆が少女にとっての全てであり、本当の家族と言えた。


「…………」


 無音で襖を開け、客人に背中を向けないよう三人の背後を通って膳を並べる。

 主人達は領内情勢の意見交換に熱が入り、殺伐とした会話ばかりが交わされ、落ち着いて料理を味わう雰囲気ではなさそうに見えた。

 折角自分も手伝ったのだから、もう少し食事を楽しんで欲しい。

 少女は少し不満に思いつつも、黙って湯呑みに白湯を注ぐ。


「やはり、宇野殿の動向は掴めんか」

「……まだ分からん。向こうからの便りが途絶えているだけだ」


 少し前より、東隣、宍粟郡一帯を統治する宇野一族が領内で軍備拡張を始めたという知らせは入っていた。宇野氏とは大物崩れ以降の諍いは存在したが、現在は和睦し、七条家と同じく西播磨における対尼子の防波堤として重要な役割を仰せつかっていた。


 赤松家全体からしても、味方の軍備増強自体は望ましい。

 

 だが、問題はその規模である。

 

 聞けば、宍粟郡では砦が複数箇所で増築され、郡内各所に築いた出城にも数百人単位での武具や兵糧が運び込まれたらしい。置塩の商人によれば、新兵器の鉄砲について西国での入手方法や流通経路を含めて詳細を尋ねられたという。

 

 宇野氏の領地は佐用郡以上に山がちな地形だが、但馬国境の富土野(ふどの)明延(あけのべ)神子畑(みこばた)の鉱山群に合わせ、豊富な山林資源と揖保川の水運を利用して大きく発展を遂げている。

 

 その関銭だけで、かなりの揚がりとなるだろう。

 

 しかし、それでも地方領主の収入の域を出るわけではない。政元らの試算では、宇野氏側がこの二ヶ月の間に投資した私財は、年間収入の数倍にも及んでいる。推計上だが、赤松惣領家の予算と比べても賄いきれない額が消費されていた。

 

 政元らの議題は、宇野氏が何処から多額の金銭を得ているのか。その出どころが不明なのだ。

 

 この御時勢、何処の家でも隠し財産を貯め込んでいる。それは地侍達の間での公然の秘密ではある。そう、自らが溜め込んだ私財を財源として惜しみなく使う分には一向に構わない。むしろ地方領主の特権、好きにして構わない。


 だが今回の宇野氏の場合、彼らの資産運用はとにかく軍事面に全振り。(ひるがえ)って、治水や農地整備などの内政面には殆ど残らない計算になる。宇野氏側に、領民の生活を考えない無茶な領地経営をする理由を尋ねても、お茶を濁した曖昧な返答ばかりでまるで要領を得ない。

 

 早い話、赤松惣領家は宇野氏の内通を疑っていた。


 政元が宍粟長水城での宇野氏当主宇野政頼(うのまさより)らの最近の動向を説明し、正澄と名乗る置塩からの客人が、赤松惣領家を出入りする商人らから伝え聞いた宍粟郡内の情報を補足していく。しかしながら、話せば話すほどに宇野氏への疑念は募るばかりで、いつ、何処で、何を、どのようにといった具体的な内容となるとたちまち壁にぶつかっていた。

 

 憶測のみの情報ではどれも根拠に乏しく、宇野氏造反の立証とならない。

 

 一番若い政範と呼ばれた青年に至っては、黙って父親と叔父の会話に相槌を入れる役に徹していた。


「…………」


 途中で話題が途切れ、何度となく三人が苦い顔で湯を啜る音だけが部屋に満ち始める。

 

 こうなると会議とは名ばかりの、推論と疑問点を一つ一つ並べるだけの作業となる。

 如何せん変化に乏しく、少女にとっては退屈極まりない。

 

 大切な客人の前で欠伸など見せてはならない。今は七条屋敷の侍女として振る舞う必要がある。

 少女はその幼い気概からか、左右の足を然り気無く入れ替えたり、太股を軽くつねるなど、人知れず迫り来る睡魔と闘いを繰り広げている。

 

 ふと、青年と目があった。

 

 丁度、生欠伸を噛み殺しているの最中だった少女は、恥ずかしさから視線を青年から外す。

 けれど、青年も同じように小さく動き続けていることに気付いた。

 

 少女が視線を上げると、先程彼女がした様に、青年も罰が悪そうな表情で苦笑いを浮かべていた。

 たまらず、二人は吹き出した。


「……政範、何が可笑しい」

「否、父上。申し訳ありません。少し思い出し笑いを」

「この火急場、不要な笑いは恥と知れ」


 政範がたしなめられ、再び話し合いはだらだらと昼まで続けられたが、現状維持を確認のみ。

 無意味ではないにしろ、不安を解消する情報を得られず曖昧なままの解散となった。

 

「宇野殿とて赤松の遠縁、下手に動きはすまいが」 


 会議が終わり、膳を片付け始める少女を見つめつつ、屋敷の主人が一人ごちる。

 

 食器運びで廊下を歩いていると、青年が手伝いを申し出たけれど、少女はさすがに悪い気がして、御気持ちだけで十分と断った。年上の客人は、一度報告へと戻ってしまうらしい。


「すまん。何も手土産になりそうな情報が無かった。晴政は、また要らん心配が増えような」

「兄上、お気になさらず。まだ宇野殿が離反したとは限りません。案外、我々の取り越し苦労かも知れません」

「……だと良いがな」


 主人の口調から、その可能性が限りなく低いことは、幼い少女にでも分かる。


「では兄上、また正月明けにでも」

「そうだな。お前が政範を連れ出してくれただけで十分だ。感謝する」

「…………」

「この政元、兄としてお前に礼を言いたい」


 感謝する、と、政元が深く頭を下げたのを、年長の客人は酷く悲しそうな微笑みで応じた。

 それきり無言のまま、正門から立ち去っていった。


「政元さま、あの…」

「……花、今のを見ていたのか」


 少女は頷く。


「やれやれ。これは恥ずかしい所を見られてしまったな」


 照れ隠しなのか、政元は少女の頭を優しく撫で始めた。

 少女も気持ち良さそうに、丸い目を細めて、主人のしたいようにさせている。


「それでどうした。何か話があるんじゃないのか」

「あの、その……」


 少女は口ごもる。


「そうか、今日はお前も帰る日だったな。悪い、完全に失念していた。後で誰かに送らせよう」

「……」


 正解だったらしい。少女がホッとした顔を見せ、小さくお礼を言ったのが聞こえた。

 そこで彼女から離そうとした政元の手が止まる。

 何か思いついたらしい。


「花、悪いんだが一つ頼み事をしたい。その代わり、休みを二日間にしよう」

 

 少女の目が輝いた。


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