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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第三章・播州鬼騒動一【天文二十一年(1552年)~】
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04・播州鬼騒動一2-1


《 2 》



 同日、午前。

 七条屋敷の土間では、数人の家人逹が慌ただしく主達の食事の支度に追われていた。


 彼らは、今日の来客が昼頃と聞かされていたため、何も準備をしていなかった。

 それが新たに急遽二人分を作らねばならず、かといって、自分達と同じ賄い食を出せば無礼となる。

 

 ぶつくさと文句を言いながらもてきぱきと膳を揃え、夕食用の干し魚を炙り始めた。

 佐用郡は内陸部。『川の魚は口が小さいもの程美味い』といった言葉が残るように、魚といえば川魚が主流。正月には瀬戸内の海から(はまぐり)や鯛くらいは上がってくるが、普段はせいぜい鯵や鰯などを干したものが山越えの行商人によってもたらされる程度にしか手に入らない。

 

 炭火の温度が上がれば、たちまち土間の中は香ばしい香りで一杯になる。炙られた川魚は御御御付けの出汁としても重宝され、家人の一人が表面の焦げ目を見極めて、沸騰した鍋に放り込む。後は煮出して、ちょいと味噌を溶かせば簡単な汁物が出来上がる。

 

 そこに主菜といつもの粟飯を並べ、香の物を添えれば立派な朝食の完成となるのだが、手際よく動く大人達に混ざって、一人の少女がちょこまかと台所を動き回るのが見える。

 

 少女といっても、まだ童女の域を出るか出ないか。

 

 他の家人の盛り付けの手伝いや、鍋の灰汁取りなどの作業に加わってはいたが、あまり大して役に立つわけでもない。それでも、子供ながらに見様見真似で、甲斐甲斐しく周りの大人達に追いつこうとしていた。


 この少女に関して、口伝としては珍しく、彼女の名前がはっきりしていない。

 花とも玉、或いはカナとも伝えられている。

 少女の名前が曖昧なのは、後世の語り部に滑舌の悪い者がいたためだという。

 

 江戸時代、地元の伝説を集め続けた春名忠成という人物によれば、少女は花と呼ばれていたそうだ。

 由来は、当時から佐用村にあった雪花姫の伝説に因んでいるらしい。それも仮説の域を出ないのだが、今回の語りでも少女の名前は花として扱っていきたい。

 

 当時七条家は、領内の撫民政策の一環として、戦災孤児の引き取りなども行っていた。

 少女はその保護対象として屋敷内で働くことを許され、生計を立てていた。

 彼女には、戦災孤児となるまでの記憶が殆ど無い。

 

 そも、少女には実の両親との思い出が乏しい。

 物心がついた頃には、山の中の一軒家で姉と二人で毎日餓えていた記憶しかない。

 月に数度、両親の知り合いを名乗る雲水が家を訪れ、僅かばかりの食料や金銭が命綱で、日長一日、水を飲んで空腹を紛らわし、薄暗い室内で雲水の来訪を待ち続ける日々も珍しくない。それが、彼女逹の生活の全てだった。

 

 少女の生活に変化したのは四年前、村の市場で買い物をしていた折に、彼女は偶然政元に拾われた。その出来事がなければ、今もあの山屋で飢えと暗闇の中で闘い続けねばならなかっただろう。


 今では、こうして安定した仕事と細やかな暮らしが出来るだけの給金を得ている。

 政元は少女を実の娘のように可愛がり、少女の方も顔すら知らない実父以上に彼を慕っていた。

 

 仕事仲間も口は悪いが気が良く、彼女の様な子供を何人も送り出してきた熟練者ばかり。彼らから武家での礼儀作法を習うだけでなく、生活に役立つ知識を沢山教えて貰い、実践の際には必ず誰かが手を貸してくれた。台所の壁に吊るされた山干瓢も、今年の夏に作り方を教わったもので、元は二抱えもあったギボウシの葉柄を茹で干した彼女の力作となっていた。

 

 山から街へ。七条屋敷での思い出も随分と増えた。


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