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二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二章・雲州尼子大東征【天文六年~八年(1537年~1539年)】
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03・雲州尼子大東征4-3


 部下の口からは矢継ぎ早に不平不満が漏れでるが、立原と呼ばれた人物は意に介さない。雑兵どもの不平不満など委細承知とばかり、勢い任せの暴言など適当に聞き流し、足元の『遺体』に再び白布を丁寧にかけ直した。


「お主らの戦働き、実に見事であった。恩賞の件、存分に上様に報告せよ」


 その一言で、室内の騒ぎは喝采に変わった。

 こうなると現金なもので、尼子兵らは立原と呼ばれた人物を神輿に担ぎ上げると、早々に屋敷を後にする。去り際、ふと政元の耳は彼らの声を捉えた。


「……自らの家族の亡骸を辱しめられれば、その者を憎いと思うであろうに」

「ははっ、そうですな」


 今度は上機嫌な足軽の一人が、すぐに主人の言葉に同意した。

 かくも足軽とは、こういう手合いが多いのか。

 

 立原と呼ばれた人物は、なんとも言えない表情を一瞬だけ浮かべると、溜め息をひとつ洩らす。領主佐用氏屋敷には乱取りが行われぬよう玄関門に番兵を立たせ、余計な住民感情を逆なでしないように何度も厳命させた。


 必然、室内には政元と女だけが残されることになる。

 

 この夜、尼子勢による狼藉はこうした尼子家臣団の働きにより最小限で抑えられたとされる。

 結果、夜が白むまでに周辺各地の土豪達は抵抗の意志を無くし、尼子家に臣従を誓う者を大勢出させることに成功している。尼子軍は一通り地侍一派一派に挨拶を済ませると、何人かの配下を佐用郡内に残し、そのまま東へと向かい、去っていった。

 

 足が動かぬ政元は、この時に一度名を変え、播磨国人衆の一人として尼子側の奉行として仕えている。村人も政元に協力を惜しまず、彼の正体を黙秘し続けてくれていた。

 

 そうして政元は、尼子幕下の佐用郡の地においても、同盟軍の情報が集め続けることが出来たという。

 

 この年、同盟軍主力は、美作国境での尼子勢との決戦に大きく敗れ、赤松浦上の両当主は、しばらく播州東部の三木城に身を寄せていたものの、既に淡路島から畿内方面に脱出していることが分かった。この逃走は、家臣団への相談無しに起きた突発的な逃走劇だったため、二人は、抵抗を続ける播磨諸侯を生け贄にしたのだ、といった内容の噂が飛び交っていた記録が残っている。


 史実では、赤松当主赤松晴政(政村から改名)は逃走前に、配下の三木別所氏に救援を求めている。


 だが、三木城の者らが裏切り、晴政らの首と引き換えに尼子勢への降伏を画策したという話を信じたために、仕方なく逃げ出さざるを得なかったという。無論、理由が違うだけで結果は同じ。播磨国人衆からすれば、尼子の大軍を前にして自分達を見捨てて逃げ出したと判断されても無理はない。

 

 赤松浦上連合軍はこの戦いで、家臣だけでなく、両家の一族衆からも多くの離反者が出ることとなった。足の動かせぬ政元は、主家の振る舞いに落胆する家臣逹をなだめ、再び赤松の旗が播磨へと帰る日を待つことを命じた。

 

 翌年の春、この尼子の大東征は、大内氏と毛利氏が手薄になった石見銀山に攻め入ったことで終わりを告げる。尼子勢の最大到達点は不明だが、少なくとも吉川町(兵庫県三木市)の法光寺にて尼子の将・湯原次郎左衛門尉幸清の署名の禁制が見つかっていることから、尼子軍の一部は三木城を超えていた可能性が高い。


 その後、尼子勢の引き上げと同時に、細川家からの協力を得た赤松家は播磨一国の奪還に成功している。


 この尼子大東征に何の意味があったのかは、急拡大した家臣達を束ねる為、周辺諸国への示威行動などと諸説有る。だが、振り返ってみれば、赤松浦上連合軍と出雲尼子家の勢力争いは、双方の国力を悪戯に疲弊させ、ただでさえ複雑に絡み合っていた播磨国内事情はまるで群雄割拠の様相すら呈し始める。


 赤松本家を主家とする者、親浦上に傾倒する者、親尼子のまま留まる者。そして尼子の侵攻を見て、主家を見限り独立を果たした者。


 以降十数年、播磨国内は旧領回復を求める赤松本家と、それぞれの派閥がそれぞれの守護代・郡代として振る舞い、名目上であれ総領である赤松家は彼らの折衝に追われ、尼子側も西からの外敵対策に大幅に時間を費やすこととなる。


 播磨の鬼物語は、こうした時代を背景に生まれた伝承である。


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