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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二章・雲州尼子大東征【天文六年~八年(1537年~1539年)】
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03・雲州尼子大東征4-2


 耳をすましていると、間一髪の間で、庭の砂利を踏む音が聞こえた。

 足音は一つ。

 

 ざりっざりっと、足元の主は一本の足を沈み込ませて歩いている。

 一歩一歩、歩調は一定ではない。彼は深手を負ったか、重い足取りで無理矢理前に進ませている。身体をふらつかせ、何度か倒れては立ち上がる。やがて何かにぶつかる鈍い音と、それきり足音は途絶えた。


 部屋には深い沈黙が訪れ、衝立裏の女がゴクリと息を呑むのが聞こえた気がした。

 

 ほど無く複数の忙しない足音が続く。

 今度は、尼子勢らしき男達の、甲首だ甲首だとしきりに叫ぶ声が遠く響った。

 

 やがて、彼らは追っていた獲物を発見したにだろう。先刻人間が倒れたらしき音の周辺で一際大きな歓声が上がると、我先にと手柄首に群がり始めたらしい。金属音が響き、同時にぐちゃりぐちゃりと強引に肉を切り裂く不快な音がしていた。


 と、ぐうるりと肉が引き千切れる音がした。首の斬り落としに失敗したらしい。

 

 仲間に向けて、お前のせいだお前のせいだとなじる声と、別の男が漏らす嘲笑。

 男達は、お前のなまくら刀では骨が折れるばかりで、四肢を斬り離す切れ味がないのだと罵倒しながらも作業を続け、何度も鈍い音が繰り返し聞こえて来る。そんな中、がちゃりと、何か当たり所が悪く刃が欠けたよう音が鳴り、男らの内の一人が漏らした舌打ちが嫌に耳についた。


「……駄目だ」

「仕方ない。削いで鼻を削げば手柄になるだろう」

「そうだな」


 尼子兵の一人が遺体を裏返し、作業を終えて満足そうに笑う声が部屋にまで入り夜の闇と相俟って反響する。


 だが、貪欲な彼らが恩賞首一つで満足をするはずがない。

 彼らは視線を巡らせると、すぐに次なる獲物、屋敷内に横たわる政元を捉えた。

 

 血に飢えた男達は、躊躇(ちゅうちょ)なく縁側から土足で踏み入り、暗がりの中、白装束で息を殺す政元の布団を剥ぎ取った。


「……こいつも剥ぐか」

「否、今度こそ俺に首を斬り落とさせてくれ。里の者に自慢がしたい」


 今の政元は無防備。

 用心のため背に小太刀は忍ばせていたが、間違いなく鞘から抜き放つ前に斬り倒される。

 万が一、刀身を抜けたとて、薄い白布ごしの照準では、彼らを一撃では殺せまい。

 

 表からは、まだ大勢の人間の話し声がしている。

 屋敷内で何かにしら騒動となれば、間を置かずして、騒ぎを聞いた彼らが駆けつけてこよう。

 それでは、政元だけでなく女の方も助かるまい。

 

 室内では、男達の物騒な会話が続いていたが、やがて政元の首を斬ることで落ち着く。


「外せ」

「あいよ」


 白布が取られ、薄目を開く政元の瞳には、月を背負った痩せぎすの足軽達の姿が映る。尼子は強兵といえど兵糧が必ずしも充足とは言えぬらしい。顔は逆光となり表情までの判別は付かない。しかしその何れもが、浮わつきにやついた面だということが肌で感じられた。

 

 切先は、月光を室内へと投影する。戦場の興奮は雑兵から理性を奪っていた。

 これが仕舞いと、政元も身体をぐっと硬直させて身構えた。


「……何をしている」


 ここに来て、聞き覚えのない雅な男の声が月夜に通る。


「………」

「ここで何をしているかを、私は聞いている」


 尼子兵の一人が意気揚々と手柄話を語り出すと、声の主は得意気な足軽を容赦なく殴り飛ばした。

 激しく畳に打ち付けられた足軽は、ピクリとも動かない。

 打ち据えられた仲間を見て、他の二人はぽかんと口を開け、声の主の動静を見守る。


「立原様、何を」

「お主らは詮久様の御遠征をなんと心得るか」

「…………」

「今ここでその首を取らば、播磨の民は赤松の者によって、尼子憎しの一色に煽動されようぞ」


 道理は理解できる。理解はするが足軽達からすれば、主からの言葉よりも、自分達の行動を完全否定された面子(めんつ)の方が重要らしい。


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