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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二章・雲州尼子大東征【天文六年~八年(1537年~1539年)】
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03・雲州尼子大東征4-1


《 4 》



 同日、夜半。


 佐用郡にある佐用氏邸において、七条政元は、自分を揺り動かす感触でぼんやりと目を覚ました。

 焦点定まらぬ目線を上げると、傍らには見知らぬ女がいた。

 

 室内は灯明ひとつ点されておらず、薄暗さに満ち溢れている。

 それでも女の顔が判別出来たのは、部屋に差し込む月の光のお陰か。

 

 皆田(かいだ)和紙の障子が開け放たれ、銀色の弓張り月が仰向け状態の政元を照らす。

 否、月明かりだけではない。夜風に乗り、大勢の人間達が地面を踏み鳴らし、金属が擦れる音、馬の嘶く声が聞こえてくる。障子越しに部屋に映る光には、月光にはない赤色が含まれていた。政元が上半身だけを起こすと、屋敷の山茶花の生け垣から村を通過する何百もの松明が垣間見えた。

 

 幾筋もの松明の群れは、荒々しく野太い声が幾重にも重なり、やがて大きな一つのうねりとなって村の中心部を通り抜けていく。そのうねりに混じり、時折村の方角から女の絹を裂く悲声や、男達の下卑た嘲笑、終には断末魔とおぼしき悲鳴が響き渡った。


 恐らく、村は蹂躙されている。

 枕元の見知らぬ女は、息を殺し、じっと注意深く彼らが通り過ぎるのを待ち続けていた。


「……おい」


 政元が事の次第を尋ねようとすると、女は掌を使って彼の口を塞ぎ、ぶんぶんと首を左右に振る。

 

 まだ、屋敷の安全は確保されていない。

 政元は、ゆっくりと暗闇に慣れた目で見渡してみる。

 

 月光に照らし出された室内は、何処もかしこも乱雑に散らかされていた。

 戸棚や押し入れは乱暴に引っくり返され、奥の唐櫃からは若草色の帯が飛び出していた。

 何より政元の目に付いたのは、枕元で横倒しとなった線香立てと、胸元に掛けられた白布だった。

 政元は、朧気ながらも女の考えた行動の全容を把握した。

 

 女の狙いは悪くない。

 

 戦を行なう者達は、ことのほか信心深く、些細な縁起や運気などを重要視する傾向がある。

 開戦前には、自分達に所縁のある寺社を必ず詣でたり、出陣の際には吉日を選ぶことは珍しくない。

 他にも、陣中で縁起物を口にしたり、合戦中は絶対に忌み語を用いないなどの戦の作法もあった。

 何より相手は尼子勢。

 尼子家の配下には、杵築大社(出雲大社)に氏子も多く含まれる。

 

 神道において、死体は穢れの対象となる。

 戦場ならばいざ知らず、これから播磨統一に臨もうとする彼らが、好んで死体に近寄ろうとは思うまい。まして尼子姓の由来は、天子に通じるものらしい。

 

 伝説上では、彼らの先祖が近江国の天女との間に子供をつくり、その子供が尼子氏の始祖となったとされる。例え真実でないにしろ、堂々と屋敷の中心に安置した御遺体を辱しめることを、彼らの誇りが赦すだろうか。

 

 そう思うと、部屋の散らかり方も、屋敷の者が慌てて金目物を持って逃げ出した様にも見え、暗に屋敷内が無人であることを知らせている。政元が右手で白布を掴みながら意地悪く笑い、女は真剣に頷く。お互いにすべきことがわかったようだ。

 

 政元が再び寝転ぶと、女は白布を被せなおし、部屋の隅に置かれた衝立裏に身を隠した。こうなると後は、政元の演技次第。

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