03・雲州尼子大東征3-1
《 3 》
十二月二十日。
これ以上待ち続けても事態の好転は見込めないと判断した赤松家当主・赤松晴政は、置塩を出立し、遂に総力戦決行の下知を下した。
最終的に集った同盟軍の総力は一万八千。
日和見が蔓延する播磨国内では、この兵数が限界だった。
予定以下の兵力では、南部の備前路から攻め上ることは難しい。
備前国境の三石城が尼子方の手に落ちた今となっては、山陽道に沿わせた城砦群の構造を知る同盟軍にとって、備前南部からの侵攻は迂回してでも回避すべき厄介な代物と化していた。
守るに易く、攻めるに難い。
突破戦ともなれば間違いなく相当数の被害が出る。
尼子軍の後詰めが到着した際、どの程度の戦力を残せるのか。数的不利の懸念に地理的な不安。同盟軍上層部は南部侵攻を断念せざるを得ず、代わりに浦上家臣の島崎盛貫らの献策に従い、北部、美作街道から逆侵攻策を採用する。
美作国もまた、元は同盟側。
美作国境にも出城は存在する。しかし、備前路ほど堅固な防衛拠点は政治的な理由から築かれず、比較的侵入も容易い。後顧の憂いを断った上で一気呵成に尼子兵を蹴散らせば、ともすれば寝返った地侍達の心変わりも期待出来るかも知れない。
播磨守護の旗頭がある以上、一度も戦わずに本拠地に籠ることは武家として許されない。
真綿で首を絞められている現状下において、唯一現実的な案と言えた。
二十六日、払暁。
国境まで北上した同盟軍は、高尾山福円寺(佐用町)近くに本陣を置くと、夜明けから国境突破を開始した。事前に尼子軍のものと思われる倒木や逆茂木で街道は塞がれていたが、それは大して時間稼ぎにはならない。
同盟軍は数にものを言わせ手早く障害物を退けると、先駆け衆に進軍を命じた。
途中、幾重かに敷かれた防柵を薙ぎ倒すが、前線から本陣に届く声はどれも異常。
おかしい。守備側に何かあったのではないか。尼子勢にまるでやる気が感じられない。
どれも通常の報告ではない。
勿論、仕掛け弓や落石など、従来通りの罠は配置されていた。
だか、しかし一度凌いでしまうと、それきり追撃が来ない。
相手のあまりの杜撰な迎撃ぶりに、先陣は奥へ奥へと誘いこまれた。
この時の尼子軍の抵抗の無さ振りには、晴政も首を傾げざるを得なかった。
確かに、内偵からの情報によれば、数日前に美作国から尼子家当主・尼子詮久と経久の両名が離れ出雲路に入ったのを見た者が居たとの報告があった。年若い詮久はまだそこまでの戦歴を聞いた事がない。しかし、経久の方は老いて隠居した身とはいえ、あの謀略の塊のような男が何も手を打たずに戦線を放置することがあるだろうか。
出方の見えない者が相手では、と、同盟軍の兵士らの足は知らず知らず速度を落としていた。
しかし、その後も尼子勢の抵抗は消極的にしか続かず、かといって妨害が止む気配もない。
意図の見えない消極的な攻撃に、ほとんど畏怖に近い尼子方への恐怖が加わると、兵士達の中には途中から戦闘を嫌がる者も出始めた。
そんな彼らを励まし、時に脅しながら、やがて同盟軍は終着点へと辿り着いた。
深い林の峠道を抜け、急に広がった視界に飛び込んだ光景を見て、彼らは呆気に取られた。
峠の途中に築かれた砦は、もぬけの殻。
とうの昔に何もかもが焼き払われ、軍旗の一つはおろか、矢の一本すら残されていない。
燃え残りから出る白煙と、僅かに聞こえる冬鳥の声だけが呆け顔の先駆け衆を待ち受けていた。
そこで初めて同盟軍は一杯喰わされたことを知ったが、同時に、形容し難い気まずさを覚えた。
何故、尼子勢が防衛し易い山の陣地を捨てたのか。
その答えを見出だせぬまま、同盟軍の国境突破作戦は、一応の成功を納めた。
しかし、峠を越えた集落において、さらに同盟軍を困惑させた。
晴政らが面食らったのも当然。
集落の入り口では、男女二三十人ばかりが集まり、皆地べたに頭を伏せ、同盟軍の到着を待ち続けていた。集団は男なら直垂、女なら薄衣の単を重ねた平装。中には、乳飲み子を抱えたばってん掛けの子守の姿もある。およそ戦時を感じさせない光景に、戦装束の政村は口をひきつらせるしかない。
「……上様、お久しゅう御座います。私めのことを覚えていらっしゃいますか」
先頭の男が、おずおずと顔を上げた。
先頭の男だけは見覚えがあった。
微かな記憶の中において、男は晴政の父、義村の代に浦上氏へ走った美作の地侍だった。
後の面々は、いずれも見知らぬ者ばかりで事情が呑み込めない。
事情を問いただせば、男は尼子勢が美作国に侵入した際に、一度降伏したらしい。
しかしそれは表面上、偽りの降伏で、実際は備前の浦上氏と密かに連絡を取り合い、美作での尼子軍の内部情報を流し続けていたのだと言う。そのため、今回の同盟軍の反撃に当たり、自分達も呼応し、再び赤松、浦上の旗に帰参したい。それが地侍達からの提案だった。
聞くからに眉唾物の言い訳だが、浦上家の家中の者に尋ねてみると、意外にも男の素性が正しいことが分かった。だが、一番前でかしずいている男以外の人間に関しては浦上側も正体を計りかねているらしく、そちらに関しては責任を持ちかねるとの返事だった。
「……話は分かった。後ろの者達は」
「彼らは、我らの協力者です」
男は、後方に控えさせていた者達を一人ずつを紹介していく。
曰く、馬小屋掃除の某は、以前尼子重臣三刀屋氏のもとで働いていたが、やがて軍馬奉行に召し抱えられ、以来美作国における軍馬の動きを知らせる役目を負っている。曰く、飯炊きの某は、尼子勢の女中として働き、それが誰それの妻となり家族はどうで家庭はどうなど事細かに説明してみせた。
実際には、どれも話が長い割に内容のない話ばかりで、晴政の頭には半分も残らなかった。




