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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二章・雲州尼子大東征【天文六年~八年(1537年~1539年)】
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03・雲州尼子大東征2-2


 だが、半月しか持たないと判断した副官の予想通り、数日後には頼みの炮烙玉が尽きた。


 まだ火薬は貴重。もう少し後の話であるが、火薬の消耗量が激増した戦国後期、その制作法を知らない九州の大名の中には、火薬一樽のために五十人もの娘をポルトガル商人に売っていた記録も残る。


 この時代を通じて、日本人の奴隷貿易における犠牲者数は約五十万人。


 日本人奴隷らは、欧州各地だけでなくインド、アフリカにも輸送され、ろくに服を着せずに鎖に繋がれ、まだ少女と呼ばれる年代の女性たちが女性器丸出しの状態で現地人に買われていった。


 悲劇の終焉は天正十五(1587)年。豊臣秀吉によるバテレン追放令が出されるまで、暫し日本は欧州の奴隷貿易システムの中に組み込まれてしまうのである。


 閑話休題。


 七条隊の奇襲に対し、坐して待つほど尼子側も馬鹿ではない。彼らは空荷駄や護衛部隊などの偽装など防衛策を用い、さらには備前国内の制圧を終えた親尼子派閥の備前国人衆を前線に配置し、同盟側の地の利を奪う方針に切り替え始めた。

 

 尼子軍の同盟側別働隊への追撃も、この頃から以前とは比べ物にならないほど執拗なものとなっていく。


 尋問された捕虜の情報から、山中に隠し置いた物資が知らぬ間に焼かれていたり、撤退路に使用していた獣道も暴かれ、山道での待ち伏せによる遭遇戦も一度や二度のことではない。


 作戦の度、櫛の歯を折るように別働隊からは人が消えていく。同盟軍への包囲網は日毎に狭まり、国境の山々には戒名のない粗末な墓だけが増えていった。十二月半ばも過ぎた頃には、逃げ場を無くした七条隊は慢性的な物資不足に悩まされ、独力では尼子勢力下の突破も難しい状態に陥っていた。

 

 よもや付近の村を襲うわけにもいかない。だが、寺社勢力や民間の協力を得ることが期待できない状況下、冬が訪れた事で丸裸になった山中においてはそもそも食料となる生き物すら見かける事が稀になる。


 襲撃の機会が減り、賄えないものは山野を駆けずり回り、自分達で工夫を凝らすしかない。食糧ならば、尼子軍からの略奪品は言うに及ばず、わずかに生える野草や野蒜や百合の球根を探り当て、時には杉の皮を干した粉すらも利用する。


 動物ならば鹿や猪、それに冬ごもり中の生物も捕らえて食す。特にヘビやトカゲは御馳走で、運良く発見したならば皆が先を争って捕まえるほどに人気があった。夜のうちに米ぬかを撒いて鹿を罠に嵌めた時には大きな歓声が上がった。

 

 武器の方も次第に自給自足となり、投げ石や煮えた下肥えを撒き散らして追手を撃退するなど、七条隊の誰もが生きるために必死に足掻き、辛うじて寄手を翻弄し続けた。

 

 だが、記録によれば、彼らによる組織立った抵抗はそれから間もなく崩壊する。

 

 十二月廿一日、雨に濡れた木々の間を縫うようにして、ついに七条隊が撤退を開始する。


 誰もが満身創痍。既に統制された動きもなく、無言、一心不乱に東へ走り抜けていく。

 決して、彼らは後ろを振り向かない。

 

 七条隊内で動いている者は半数もなく、途中で力尽きた者や負傷で動けなくなった者はその場に放置された。逃げる部隊員の背後では、置き去りにされた戦友の耳をつん裂く悲鳴が挙がった。

 

 兵士達は追われていた。

 

 この日、七条隊は美作国境まで出向き、輸送部隊と交戦して反撃を喰らった。

 空荷駄の計。偽の荷駄隊に誘い出された政元らには予備兵力などない。連戦続きで疲弊していた赤松兵はたちまちの内に山に追われ、その痕跡を辿られた。

 

 これは防衛側の常套策、つけ入りの策という。


 追手側は影のように付かず離れず、追わば引き引かば追うを繰り返す。その単純が故に、政元らにとっての対処が難しく、下手に弓矢を放てば退却中の味方をも巻き込んでしまう。数的に絶対有利を持っている以上、寄手側は相手が痺れを切らすのを待てば良い。


「……覚悟を決めるべきか」


 このまま尼子軍の追跡を受ければ、山腹の七条隊の本陣だけでなく、怪我人が運び込まれた救護所や貴重な物資の備蓄所の位置まで知られてしまう。現状を不利と判断した政元は、本陣に向けて伝令を放ち、部隊を反転させた。

 

 山の斜面を利用した、勢いだけの突撃。


 寄せ手は、決して政元らと正面からぶつかり合おうとはしない。引いて引いて、七条隊を平地に下そうと経路を強いてくる。しかし政元には攻勢中止を命じる事が出来ない。


 止まれば尼子軍が追跡を再開することは目に見えていた。

 

 罠と判っていても、政元らが取るべき選択は前しかない。

 

 誘い込まれるまま寄手を追いかけると、やはり麓まで誘導されていた。

 森を抜けた先、そこには何処に隠れていたのか、街道は尼子の軍勢で埋め尽くされていた。

 

 最早これまでと、政元は全軍に交戦を命じた。

 たちまち両軍は入り乱れ、血を血で洗う凄惨な会戦となった。

 

 政元らは赤錆の浮いた刀を振り回し、刃が折れれば素手で相手を組伏せて、その指で歯で眼球を潰しその喉笛に食らいつく。敵兵の命を奪えば、今度は武具を奪い次なる相手を求めて戦列に再度加わる。


 地獄の餓鬼の如き奮戦振りは人間のモノではなく、獣の様相を呈していた。


 凶獣達の蛮行には、さしもの尼子勢すら浮き足立ち、遠巻きに彼らを取り囲んだまま、戦鬼の牙が自分達の方に届かないことを祈るばかり。

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