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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二章・雲州尼子大東征【天文六年~八年(1537年~1539年)】
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03・雲州尼子大東征2-1

《 2 》



 十二月になった。


 この時期特有の低い厚雲が立ち込める美作国内において、七条政元ら赤松軍全体にも静かに暗雲は広がり始めていた。


 この一ヵ月間、七条政元率いる遊撃隊の孤軍奮闘振りはその規模からすれば、尼子勢の足枷としては充分な戦果を残している。だが彼らの主戦場は、尼子軍の侵攻に合わせて美作・備中国境から更に東部転進を余儀なくされ、今では備前・播磨国境付近にまで移動していた。


 これまで、寡兵の政元らが尼子の大軍を前に五分以上に渡り合ってみせた背景には、備前東部の浦上領民や寺社の協力があった。


 物資の補給、隠れ家の提供、情報収集など。

 名も知らぬ彼らによる絶え間ない協力があったからこそ、圧倒的な物量を前にしても、遊撃隊は敵地に孤立した状態でも活動を続けることが出来た。


「どうぞ、お納め下さい」


 この日も、西大寺からの僧侶が政元らの陣地を訪れ、雑穀や豆類などの補給と、寺領内で作成された矢種の運び込みが行われていた。


「いつも申し訳ない」

「いえ、その事なのですが……」


 しかし僧侶の顔には、何かしら言い難い事柄を秘めた色が浮かんでいる。政元も、彼が謂わんとする内容を何となく察知していた。


和上(わじょう)、今まで世話になったな。麓まで誰かに送らせよう」

「申し訳ありませぬ」


 僧侶は、涙ながらに何度も詫びを述べて陣を離れていった。


「また、ですか」

「…………」


 この月を境に、備前各地で地元の協力が途絶え始めていた。


 原因ははっきりしていた。これは先日、同盟側が備前国東部から完全な撤退を決めたことに起因していた。


 これまで徹底抗戦を続けていた国境の要衝・三石城が陥落したことを受け、同盟軍は播磨国龍野まで戦線を引き下げざるを得なくなった。三石城は小さな城だが急峻な山を利用した堅固な城塞。かつての赤松浦上の内乱の際には、赤松正規軍の猛攻を凌ぎきった実績もあった。

 

 今回の尼子との戦闘においても、反抗戦に向けて備前国への重要な足掛かりとして期待されていた。それだけに皆の落胆は大きく、今まで針ネズミのように抵抗を続けていた地元領主達も尼子方に降伏する者が出始めていた。


 これは同盟側に無い筋書きで、戦況は完全な劣勢。

 

 先の西大寺の僧侶も、苦渋の決断だった。


 彼らとて大勢の門弟を抱える身。国内の寺社仏閣に向けて同盟側に援助を行わないよう尼子軍から通達が出される中、彼らはよく今まで尽くしてくれた。このまま同盟側に協力していけば、そう遠くない未来、無益な犠牲が出ると判断されたのだろう。


 無理からぬ情勢に、政元も静かに僧侶を送り出すしかなかった。


 だが、備前美作において大きな支持基盤を持つ西大寺の脱落は、冬山に籠る七条隊にとっては死活問題に直結している。これから先は全ての軍需物資が貴重品となる。


「あと、どのぐらい持つ」

「恐らく半月ほど。それ以上は持ちません」

「一応、播磨に伝令を送れ。援軍は期待しない。こちらの現状だけを伝えろ」

「……畏まりました」


 まもなく返事が届けられたが、案の定、政元らに後退許可は出なかった。


 備前国陥落後、尼子勢は次の播磨国侵攻に本腰を入れるために津山にて一旦休息を取る傍ら、新たな領内で抵抗を続ける浦上氏残党の掃討にも余念が無い。


 死か、降伏か。

 降伏を選んだ者は掃討軍に編入され、備前国は同じ国人衆同士の血で染め上げられた。

 

 そんな逆境においてすら、政元ら遊撃隊は紛れの計や夜襲を多様することで善戦を続けた。深夜、寝静まった尼子陣地に突如爆音が響くと同時に、赤松と浦上の精鋭が斬り込みを行う。この炮烙玉と呼ばれる手榴弾を用いた七条隊の夜襲は尼子勢の恐怖の対象だった。

 

 七条隊は、ある程度の成果を上げるとすっと引き上げ、恐怖と混乱で同士討ちを誘発させるなど、寡兵ながらも知恵と工夫をこらして尼子勢の足止めを継続させていく。


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