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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二章・雲州尼子大東征【天文六年~八年(1537年~1539年)】
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03・雲州尼子大東征1-2

 

「被害は」

「怪我人が数名。こちらは十人程度を討ち取り、敵物資の方は無事焼けたようです」

「……そうか。御苦労だったと伝えてくれ」


 初戦は成功。今回は尼子側の油断が予定より多くの戦果に繋がっていた。

 

 大原則として、七条別働隊は一撃離脱が基本戦術となる。

  

 劣勢の同盟軍はまだ決戦を行える状態ではない。それゆえ、こうして敵を漸減させながら補給線を引き伸ばし、持久戦に持ち込んで尼子軍主力の勢いを背後から削いでいく。それは備前国境の山々においても同様。浦上氏主導で送り込まれた遊撃隊が同時進行で後方撹乱の任務につく。

 

 直接の戦闘を控え、可能な限りの時間を稼ぐ。


 播磨、備前では相次ぐ離反に負けじと、赤松も浦上も日和見を決め込もうとする地侍や国人衆達に積極的な交渉を続けている。兵農分離の概念に乏しい播磨では、彼らを必要以上に刺激しないためにも全戦力を動員できるのは冬の備蓄が終わるのを待たねばならない。

 

 残り二ヶ月。尼子軍の予想以上の展開速度には、同盟側にとってはどうしようもない負担として重くのしかかる。だが、泣き事を言う余裕はない。


「政元殿、次はどうなされますか」

「ああ、遺体と逆茂木を片して、引き続き街道の監視を続けよう。恐らく大殿の準備が整うまではまだ時間が掛かる。兵を温存させるように各所に伝えよ」

「御意、他には」

「そうだな。後で何人かに竹を切るように言っておけ」


 それだけ言い残すと、政元は副官を連れて陣を後にした。

 その日は夕暮れまで射撃戦を中心に小規模な部隊を散開させ、尼子の軍勢に陰湿な打撃を与え続けた。一度に多くの成果が出せるわけではない。半数以上を非戦闘員が占める荷駄隊の足止め次いでに、一日に二、三か所で補給拠点に襲撃をかけて物資を奪取していく。


 彼らの本領発揮は黄昏時を過ぎてから。

 

 政元は、今度は別動隊の一部に山を降りるよう指示を出した。


 彼らは打ち棄てられた尼子勢の遺体から衣服を剥ぎとり、二十人ばかりが尼子の具足を身に付けていた。尼子兵に扮した七条兵は武装させるのではなく、それぞれ敵味方を判別出来るよう腰紐に小笹を差し込み、近くの村から接収した稲藁や薪の束、水を満たした桶などを手にしていた。

 

 彼らが目指す先は、尼子軍の宿営地。

 

 尼子の陣地内は飯どきを迎えたばかりで、炊事場では無数の兵士が忙しそうに食事の支度に追われていた。


「……良かったら、これ使うかい」

「おお、悪いな。ありがたく使わせてもらうよ」


 政元らは、先刻の薪束を兵士に渡すと、悟られぬように尼子の兵士と談笑を交わしながらそれぞれがばらけて作業に混じっていく。この時の尼子勢は四から五人が組となり、飯炊き目的で石と土で簡易型の(かまど)を作成中。それぞれが役割を分担していた。


 雑兵達にとって、領主の野望などあまり興味はない。主の領地拡大よりも己が飢えを満たすため、戦闘に参加する食い詰め者の姿を見ることはさして珍しくもなかった。

 

 次々組み上げられていく土竈だったが、そのうち数か所で爆音が上がり、炊事をしていた者が火傷を負う事件が起きた。

 

 すわ何事かと上役が駆けつければ、何の事はない。竈跡から発見されたのは焼け残った青竹。誰かが薪と間違えて竹を入れてしまったのだと分かると、上役達はやれやれと陣内の兵士達に火の取り扱いについて再々注意を促してから陣幕の中に引き上げていった。


 それだけでは終わらない。

 

 夜になると、尼子勢の宿営地はボンヤリとした光に包まれた。

 

 霜月、山の夜は冷える。

 

 身体を芯から温めるために、陣中の足軽達は小集団を作って焚火で暖を取る。

 彼らは戦地では、矢避け用の鉄傘を鍋として利用していた。

 先刻の土竈の上に乗せて、雑炊や汁物を作っていく。そこに干した里芋の茎やセリなどの野草を入れて、後は水を注いで煮るだけでいい。

 

 里芋の茎は、事前に辛味噌で煮たものなので、沸騰すれば簡易式の味噌汁が出来上がる。

 芳ばしい香りが広がり、仄かな明かりのもとで海千山千の古参兵らが真偽不明の武勇伝に花を咲かせ始めた。

 

 陣地各所でささやかな談笑が始まる中、昼間に他の隊が赤松勢から襲撃を受けたこともあり、夜襲を恐れた尼子兵らは普段の倍の人数の見張りを陣の防柵前に立たせていた。

 

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