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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第廿八章・出雲尼子氏崩壊【天文廿三年十一月十九日(1554年12月13日~】
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32・出雲尼子氏崩壊3-2


 座を囲めば話に花が開き、花はやがて結実する。


 議論が進むほどに言葉数が増えるのだが、一歩引いた位置から周囲を見渡せば、今後の見通しについては大まかには二通りとなる。


 一つは、尼子の当主が足場固めを第一とする可能性。


「……残念ながら、当家の情報網では、尼子の当主が新宮党を見限った原因までは判然としておりませぬ。しかし、尼子の当主が政治的、軍事的に最も強大な派閥に対して大鉈を振るった以上、内部の変革は必要不可欠。先ず、自分達の足場固めに走るのが筋かと存ずる」


 そう言うのは、大谷(おおたに)石見守(いわみのかみ)正義(まさよし)


 大谷家は佐用庄に本貫を置く赤松八十八家の一家。


 祖先は赤松円心より四代前、宇野則景の時代に現在の赤松惣領家と家を分けた。その関係で古くからの名跡として知られ、家中でも一定の発言権を持つ。この遠征においては、将の一人として参加するだけでなく、同じ西播諸侯として則答からも政範のお目付役も頼まれていた。


「さらには、先の戦では我が方は東美作を失っております。ここに来てこの好機。尼子の足並みが揃わぬ内に先に美作を取り戻すことが良策だと存ずるがいかがか」


 正義の手に握られた扇子には大谷の家紋となる丸に違い鷹の羽が描かれ、彼の熱弁に応じ、扇子が閉じたり開いたりと忙しく動き回る。


「……なるほど。確かに一理ある。誰ぞ意見はあるか」


「手前が」


 前に出たのは間島(真島)新左衛門尉元治。間島家もまた赤松八十八家の一家に名を連ね、佐用庄近郊に本貫を置く。生来あまり酒に強くない元治ではあるが、今日この時ばかりは杯を三杯続けて乾かし舌尖に弾みをつけていた。


「畏れながら申し上げる。手前は今回の尼子の粛清が突発的に起きたものではないと考える。それとも周到に用意されたものかと」


 これが予測の二つ目、新宮党の弾圧が事前に仕組まれていた場合。この元治の見解は多くの視線が集まった。


「……続けろ。できれば論拠も示せ」


 特に義祐の両眼は元治を射抜かんばかりに鋭く光っていた。余程気になるらしい。


「実は、手前には備前と美作に嫁がせた一族の女がございます。その嫁ぎ先の二つの家のどちらからも霜月に入る前より間もなく出雲にて大きな揉め事が起こるという噂の様なものが入っておりました。出陣直前という事もあり、その時はただの噂であろうと聞き捨てておりましたが……」


 実際に事件が起きると、噂は噂ではなくなる。


「証拠としては薄いな。他にはなにかあるか」

「……ございませぬ」


 しかしながら、と、元治は言葉を続ける。


「尼子の現当主、尼子晴久なる人物は幼き頃は血気盛んで仁義に欠いた御仁であったという話は小耳にはさんだ事がございます。確かに、古くより三つ子の魂百までとは申しますが、現在の尼子当主の振る舞いには幼少期の陰はなく、むしろ温和であるとの評を聞き及んでおります」


 その晴久の正室は尼子国久の娘。


 夫婦の仲は睦まじく、この天文廿三年、正室との間に四人目の男子となる百童子(後の尼子秀久)が生まれている。一方で、晴久と新宮党の不協和音は誰しも知るところ。不幸にして産後程なくして国久の娘は他界したが、そんな妻の死後、直ぐに(しゅうと)の国久をただ感情任せに始末したのではあまりに乱暴が過ぎる。


「おそらく、此度の騒動、少なからず尼子惣領の座を巡る派閥争いが生んだ結果であろうとは存じております。しかし、実際に粛清を起こすに当たって、前もって家臣らへの根回しが済んでおらねば、たとえ主君とて仁義を知らぬ狂犬の様に映りましょう。いつ牙を向けてくるか分からぬ野犬には誰も従いますまい」


 言われてみれば、新宮党が滅びて少し時も経つ。だが、尼子の重臣が反旗を翻したという情報はあまり聞こえてこない。ただただ、粛清に巻き込まれぬように顔色を伺っているだけとも考えられるが、見方を変えれば事前に尼子家中では内々で話し合いが終わっていた証左にも思えてくる。


 古来、奸計を巡らせるには常に最悪の事態を想定せよ、という謹言が存在する。


「……これは手前勝手な想像ではございますが、尼子の当主が東播磨に留まる手前共を尻目に、今ぞ好機とばかりに家臣団を再編成させ、雪解けを待って新たな播磨侵攻を企てているのではないかと存じます」


 想定される最悪のケースとしては、この場合が一番播磨にとって被害が大きい。

 

【大谷家】

https://gos.but.jp/otani.htm

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