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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第廿六章・摂州三好乱入ニ【天文廿三年十月十二日(1554年11月7日)~】
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30・摂州三好乱入二4-2


 問うまでもない。特に、今回の場合、三好家は幕府に付き従う者への見せしめとして、将軍と共に丹波へ向かう者を明確な敵と見做し、随行者の財産を没収することを宣言していた。


 この公布は絶大な効果を上げ、足利勢に与していた諸将はもちろん、京の都に未練がましく貴族連中までもが将軍を見捨てている。


「圧倒的な不利を覆せるほどの力がなければ、おとなしく長い物には巻かれた方が得策よ。わざわざ義理よ人情よと御託を並べるからおかしな(しがらみ)が生まれる。親父殿も意固地というか、そのあたりの世渡りが下手なのだ」


「…………」


 自らの父を悪し様に口にする次期当主の言葉に、小寺政職も、はははと笑って応じ、しかし決して否定はしない。政職も政職で思うところがあるのだろう。わしゃわしゃと髪を掻き毟る義祐の様子を嘲るように眺めていた。

 

「せめて御父上に三好様の半分でも力があれば話は別でしょうな」

「言うな。余計に惨めに思えてくるわ」


 力がものを言う戦国の世では、現在の赤松家が総力を結集させたしてもたかが知れている。その辺りの算用は次期当主の義祐でなくても勘定ができよう。


「……そういえば、女どもの姿が見えぬ。なにかあったのか」


「ええ、なんでも鏡を扱うが扱う者が久方振りに村に来訪するのだとか。昨晩遅くまで女どもが日頃の買い物ついでにそちらで立ち寄ってくるのだと勇んでおりました」


 この時代、日本の鏡の主流は銅製。


 現代の工法とは異なり、鋳型に流し込んだ銅の下地を平たく削り、砥石で何度かならした後、最終工程の艶出しでは(ほお)の炭で磨き上げる。いわいる鏡面仕上げと呼ばれる伝統的な技法だが、この物語の頃には、さらに鏡の反射率を高める為に金属面を酸で洗い、水銀と(すず)を塗り付けて鏡面とする表面鏡の技術なども出回っていた。


(尚、後者の高級和鏡の鏡面洗浄には、鎌倉時代の技法ではカタバミが、政範らが生きた室町時代ではザクロが使用されていた記録が、『鶴岡職人尽歌合』、『七十一番職人歌合』の中にそれぞれ残されている。)


 当時、一人の女性が鏡を買う機会は一生涯に数度あるかないか。その数枚の鏡が錆びてしまわぬように普段は布にくるんで大事にしまい、もしも鏡面に錆やくすみが生じたならば、専門職の鏡磨師に磨いてもらうのが一般的だった。

 

「……はっ、世には磨かずとも好い鏡があるというのに、それはそれはご苦労なことよ」


 憎まれ口を叩く義祐本人も、不思議な鏡を話に聞いただけで実物を御目にかかったことは無い。なんでも南蛮渡来のその鏡は、耶蘇の宣教師の中でも高僧中の高僧にしか携帯が許されず、眉の毛の一本一本、毛穴のひとつひとつまでをも明瞭に映し込み、その上で定期的に磨くといった手間もないと言う。

【南蛮渡来渡来の不思議な鏡】


・ヴェネツィア製のガラス鏡のこと。1317年ヴェネツィアのガラス職人達は水銀アマルガムを利用したガラス鏡の製作技術を確立させ、当時世界最高峰の反射率を持つ鏡を世に送り出している。この技術は全世界的にも珍しく、当然ヴェネツィア共和国も鏡を重要な輸出物と位置付け、近くのムラーノ島に職人を閉じ込めてまで技術独占に努めていた。


・実際のところ、徳の高い宣教師のみに所持を許されたというわけではなく、宣教師によって所持したりしていなかったりするのは鏡自体が非常に高価だったのが理由ではないかと思われる。


・日本には1549年にザビエルが初めて持ち込んだ説と1570年代にポルトガル商人が初めて持ち込んだ説などがあるとのこと。


・ガラス鏡の技術が外の世界に漏れ出るのは17世紀中盤、ルイ14世が大枚を叩いて島から職人を連れ出し、ヴェルサイユ宮殿の鏡の間を作る時代まで待たなければならない。


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