30・摂州三好乱入二4-1
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「……以上が、七条の倅があちらで見聞きした全てでございます」
同十月下旬、日時は不明。
播磨国に戻った政範は先ず父・政元に報告を行い、政元は更に小寺政職に取り次ぎ、政職が要件のみを掻い摘んで才村で待機中の赤松義祐に経過報告を行う。
まるで伝言ゲームのようなやり取りだが、この時期の七条家の立場は非常に微妙で、余程の急場でもない限り赤松総領家の次期当主との直接の面会は望めなかった。
「そうか、大義だったと伝えろ」
義祐は唸りつつ、困ったように腕を組んだ。彼らは現在募兵のためにこの場所に留まっていた。
確かに貞岳宗永の想定通り、赤松は別所が敗北した先を予定して動いている。そのために、義祐自身も三好長慶のもとに出向き根回しを行ってきた筈だった。
「……いまさら別所からの支援要請か。もし三木に兵を送り込んだとして、何か意味はあるのか?」
「否、意味はないことはないですが、この戦において別所の勝ちはまずないでしょう。送ったところでみすみす死にに行かせるようなものかと」
さもありなんと、義祐の顔がさらに渋いものとなる。この義祐という男、一説には正室に細川晴元の娘が嫁いでいたという話もあるのだが、それでなくとも彼の細川氏と三好氏の争いに関しての立ち位置もまた微妙な天秤の上で揺れ動いている。
「播磨の事は播磨で決めさせてもらうよう、三好様に筋を通してきたばかりだというのに別所の申し出は正直迷惑極まりない。弱り切ってから赤松を頼られたところで、最初から我らの手から離れねば良いものを……」
先月十二日、三好長慶との面会が叶った義祐は、戦後処理に赤松家が一定の口を出せることを条件に、三好軍と合力して三木攻めを行うことを確約してしまっていた。
ここに来て、裏から別所に兵を入れたとわかれば三好氏側への信頼を大きく損ねる。三好との約定が反故となれば、赤松家が第一目標に挙げている播磨国守護職復権には極めて遠ざかる。
「しかしながら、この問題、七条の話が御父上のお耳に入ればそれはそれで問題となりましょう」
義祐の父・赤松晴政は根っからの細川党。丹波で再起を図る細川晴元が別所の支援に動いたとなれば、何もせぬのでは父からの叱責は免れない。
この期に及んで、親父殿はまだ夢を見ておるのだ、と義祐は半ば呆れつつ父を見放している。
必ず春が訪れるはずだと、ただ風雪に耐え忍ぶ冬枯れの木のように、固く細川との同盟を守っていれば赤松が播磨守護職に返り咲けるのだと、現当主・赤松晴政は本気で信じているとしか思えない。
「……春が来る前に、肝心の我らが腐り果てるとは思わんのか」
義祐の視線の先には、屋敷の庭に植えられた痩せた柿の木があり、木のてっぺんには、木守がひとつだけ残されていた。
「……我らが落ち目の細川と幕府が多少力添えしたとして、今の三好勢を打ち破り、その上で再度赤松が播磨守護に返り咲ける可能性はあると思うか」
「残念ながらその公算は恐ろしく低いものでしょう」




