30・摂州三好乱入二3-1
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「……赤松様の御使いはいらっしゃるか」
事態が動いたのは、政範が長寿寺に滞在してから三日目。
夕刻、その日は薄暮の頃になって寺の門をくぐる者が居た。
年の頃十五、六。見窄らしい衣に身を包み、土気色した頬はこけ、背を曲げて、いかにも物乞いといった様相にも関わらず、しかしその瞳だけは爛々と生気を宿していた。
「何者か」
通常、戦時には寺は山門を閉じれば翌朝まで来客を断る。しかし、この乞食に身をやつした猫背の青年からは何か異質なものを感じ取ったのだろう。寺の僧兵が青年を無碍に追い返すことなく、本堂に通して素性を明かす様に促すと、青年は自らを徳岩寺の貞岳宗永と名乗った。
貞岳宗永は三木城主・別所村治(就治)の三男。幼き日より才気俊英の少年として広く知られ、政範とほぼ同年代ながら一寺の住持を任されていた。政範も宗永の名前くらいは聞いていたらしい。彼の名を聞くと直ぐに面会の許可を出した。
「ーー赤松様が真に和平を望むであれば、先ずは誠意を見せられよ」
部屋に通された宗永は泥まみれの顔を拭おうともせず、ずかずかと左足で敷居を跨ぎ、開口一番、ただその言葉を放った。
「…………」
虚を突かれた政範が呆気に取られていると、宗永は腹から背までを射抜くように視線を尖らせた。
誠意、とは実に匙加減の難しい言葉を選ぶ。具体的に何をどうせよと要求せず、懐具合を差し測ろうとする意図があった。
初動は圧倒された政範の負け。しかし、議論の主導権を渡すわけにはいかない。一呼吸で気勢を整えると、きっと向き合い、宗永の眼力を正面から受け止めた。
「聞くところによると、赤松様からの使いがこの寺にいらっしゃられるらしい。それは貴殿で間違いはないか」
そうだ、と政範が答えると、素早い身のこなしで宗永が間近に座り込む。二人の顔面は僅か二寸まで接近し、共に相手の戦意を吞み込まんと視線が火花を散らす。
「……先ずは講和に骨を折って頂き感謝申し上げる。その上でお聞きしたい。赤松様は今までの別所の戦をどう思われているのか」
同年九月一日からの十二日までの戦において、別所軍は七つの城を奪われている。月並みな言い方をしてしまえば別所軍は連戦連敗。勝ち筋はないようにも思える。
「しかし、まだ別所殿には三木の堅城が残され、しばらく籠城戦を続けられる力が残されていると御屋形様は判断しておられます。それゆえに、三好殿も一度兵を退かせたものではないかというのが現在の我らの認識となりましょう」
いかがか、と促す政範に宗永も頷く。
「……いかにもその通り。別所が負け通して戦線を引き下げた事は事実。しかし、城内の誰もがまだ負けてはおらぬ、勝負はこれからだと考えて行動をしております」
一昨日、政範が送り出した外交僧も別所側に降伏を促したが、僧侶の言葉に耳を傾けず、むしろ平山を東播の白旗山に見立て、逆に三好と一戦交える覚悟で凝り固まったという。




