29・摂州三好乱入3-2【茄子のたたり】
「……お話を伺いますに、阿弥陀を過ぎた先、生石方面に下らずとなれば恐らく神吉の集落が該当するでしょう」
政範が相槌を打つ。
神吉村は当時から東西に分かれ、どちらの村も加古川西岸に位置する。神吉村から有馬郡までは十里を超える。乱世になって久しく、野伏の姿自体は決して珍しいものではない。だが、十里を越える道のりと加古川のような大河を踏破してまで播磨に根を張ろうとする流れの野伏が果たして幾人存在するのか。
「さらに我らが遺体の検分をしたところ、他にも同じ模様が描かれた袖印のようなものも見つかり、一応そちらも回収しております。何処の所属かは不明ですが……」
袖印や笠印は戦地で入り乱れる敵味方を区別するための符牒。国光の前に置かれたものは、黒い墨で乱雑に印された丸に三角の一筆書きの紋様が描かれた布切れが合計三つ。あと一つは血の汚れで判別不能となったが、それも恐らく同一のものと思しき跡が見えた。
この布を全員が所持していたとなれば袖印の可能性が極めて高い。
「もしやと思い、こちらにお持ちしたのですがお心当たりは」
政範が伏した顔を上げて問いかけるが、国光の表情は依然曇ったまま。振りではなく本当に知らぬらしい。
「……これらの品に、嘘偽りはございませぬか」
「天地神明に誓って」
ううむ、と腕組みする国光の答えを待つ。
「残念ながら、これらの印は当家も感知せぬところとなります。少なくとも私は報告を受けてはおりません」
「そうなれば……」
全員が視線を合わせ、ごくりと息を飲む。
「……随分奥まで入り込んでおります。目的ははっきりとはしませぬが、街道筋の集落を寝ぐらにしていたとなれば、恐らく諜報と偵察が主。それと、我らの姿を見て襲い掛かったところから察するに、密使の取り締まりも行なっていた可能性もあるものかと」
則尚の言葉に国光の顔色が一段と翳りが深めた。三好の密偵が川を越えている。これは加古川東西の問題ではない。三木別所の征伐を切っ掛けに、播磨全土にまで三好が手を伸ばそうとしているのかも知れない。そして、尼子の相手だけでも苦戦を強いられる播磨諸侯に、新たな三好軍という強大な第三勢力に抗う力は無い。
「御屋形様はなんと……」
「和議を、とだけ」
さもありなん。残る手立ては外交しかあるまい。
「しかし、今の別所殿は防戦一方。先月初めに東の守護、淡河の城が落とされ、それから三津田を足掛かりに六城が陥落。畿内から有馬道までが封鎖され、ここ西国街道まで偵察の網を広げているとなれば三好殿の有利は明らか。この情勢下でも和議に応じると思われますか」
「…………」
戦は始めるよりも終わらせる方が難しい。勝っている側は目一杯勝ってから交渉に臨み、負けている側はせめて一矢を返そうと意固地になる。説得しようにも場が整えられてはいない。
「三好殿には搦手の説得が必要となる。となれば、やはり現時点で別所殿が何をお考えなのかが分からぬようでは我らとて講和の筋道もつけられまい」
理屈としてはそうなる。
「幸いなことに、今の三好は三木攻めに向けて一時的に兵を引いております。当主長慶も先月の終わりに摂津を離れ、海士崎(尼崎)の港から小舟で四国か淡路に渡ったという話もあり、恐らくは本拠地阿波国からの増援を頼みに行ったのだろうという話もあります」
これは誤報となる。史実において三好長慶が淡路国洲本に向かったのは、政範が国光と面会した翌日の十月十二日。現時点では長慶は摂津国内にまだ留まっていた。だが、それはあまり大勢には意味をなさないため誤差の範疇となる。
「三好殿が阿波から戻らぬ前に動く必要がありましょう」
政範の言葉に、国光も則尚も一も二も無く同意した。




