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二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第一章・備州騒乱【天文三年~六年頃(1534年~1537年頃)】
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02・備州騒乱3-2


 しばらく歩き続け、太陽が西に沈む頃になって、ようやく二人は奥山を抜けた。

 

 人獣の境は六地蔵。賽ノ神を見つけたことで人の住む里山へと抜けたのだと知る。道を沿うようにして小川が流れ。後はそれを辿ればやがて人家も見えてくるだろう。それ事態は簡単だ。


 問題は、今この場所が、誰の領地になっているのか。

 

 下手をすれば、敵地に足を踏み入れた間抜けな間者として処断されかねない。

 二人が慎重に足を進めていくと、杉林の間から三軒ほどの小さな集落が見えてきた。

 さらに近付けば、集落の家々は廃棄されてから随分な年月を経っているらしく、壁板や屋根は朽ちてところどころ穴が開き、内部も落ち葉が溢れて足の踏み場がなくなっているのが分かる。これはたまらないと、適当に落ち葉を退ければ、床も湿気を帯びて腐り果て、百足や蜘蛛の類がもぞもぞと這い出てきた。

 

 二人は思わず屋外に飛び出したが、他の廃屋内の惨状もほぼ同等で使い物にはなりそうにない。不気味な生き物達が、唐突に西日を浴びて逃げ惑う様を、高國の娘は興味深そうに眺めていた。


「…………」

「百足はあの様に足が沢山あるのですが、自分で自分の足を踏まないのでしょうか」


 などと呑気に言葉を溢す。

 男は溜め息を漏らしながらも、彼女の手を取り、さらに集落の奥へと入っていった。


 まもなく、二人は集落の中心となる比較的大きな屋敷跡を見つけた。

 この屋敷も母屋の屋根が腐って崩壊し、土台部分に沈み込むようにめり込んでいる。貧乏カズラに覆われた裏庭に回れば、小川の水を引き込んだ裏庭の池の排水路が木の葉によって閉塞され、小さな湿地帯を作り出していた。


 かつての庄屋跡。草ぼうぼうの原っぱは、おそらく元は耕作地なのだろうが今となっては見る影もない。


 全く手入れがなされておらず、全てが山の一部に戻ろうとしている。


 黄昏時の集落は死んでいる。調べれば調べるほど、この場所が放棄されてから積み重なった年月が残した爪痕ばかりが目に付いていた。


「何かあったのでしょうか」

「さて、あまりに情報が足りません。分かりかねます」


 集落の端は、再び山道が続いている。だが、これからの山越えは明日からの方が良い。


「もうすぐ日暮れです。使えそうな家を探しましょう」


 幸いなのは、家々が外力によって破壊された痕跡が無いこと。

 それは、この集落の廃棄が野盗や野伏せりなど、危険な外敵によるものではないという明確な証明。そうして廃屋群の中では、南の山の麓にある炭焼き小屋が最も損壊を免れていた。

 

 炭焼き小屋は隙間風が通るが、さほど中は荒らされていない。囲炉裏用の黒炭も土間に乱雑にそのまま捨て置かれてはいたが、幸い風雨による劣化も見られず、カラカラに乾いていた。

 

 念のため、近くの杉の葉を虫除けに焼いてみる。少々煙たいけれど、草木に囲まれた土地で藪蚊の侵入を防ぐためならば、それも我慢も出来よう。


「火がつきましたよ」

「…………」


 闇夜の集落に、火が点る。

 パチパチと音を立て、ぼんやりとした明かりが周囲を照ら出す。赤錆びた鍋、相方のいない箸、縁の欠けた茶碗などが無造作に床に投げ捨てられていた。


「ここは、冬の炭焼きにも使われていないようですね。本当に無人なんです」

「…………」

「今は寝て下さい。朝になれば、また山歩きです」


 男は壁にもたれ掛かり、刀を抱えるようにして目を閉じた。


「火の番はお任せを」


 それきり男は黙ってしまい、横になった女の声に答えようとしない。


「お腹が減りました」

「……」

「喉が渇きました」

「……」


 食糧はすでに尽き、水も新たに沸かさねばならない。そんなことは百も承知している。

 けれど、女は質問を止めようとしない。むしろ男が沈黙を続けるほどに、彼女も躍起になる。


「……えい」


 ついに男の鼻を摘まんだり、耳をくすぐるようになった。

 それでも男は何も反応を返さない。少し力を強めても、煩わしそうに眉を狭めることもせず、女のするがままに身を預ける。

 

 彼は、静かに寝息をたてていた。

 戯れに、男の膝を枕にして寝ても、相変わらず我関せずクウクウと寝ていた。

 男の衣服は青臭い草の汁、山の土の匂い、それに彼自身の汗臭さが鼻についた。考えれば何日間も着替えや水浴びもせず、山路を彷徨いていたのだ。

 

 女は自分の胸元を嗅いでみたが、もう鼻が麻痺してしまったのか、何も感じない。


「火の番、しなくてもいいの」

「…………」


 周りに人気がないことに安心して、気持ち良さそうに寝ている男を起こすのはやはり気が引けた。ぼんやりと外の音に耳をすませば、クサキリやマツムシの声が響く静かな夜。砥石山の城内では気にも止めなかったが、秋の虫達も夏草の中で成長しているらしい。


「ああ、夏山なんだ」


 昼間なら、きっと赤トンボもこの集落を飛び交うだろう。

 心地好い虫の音に包まれていると、女も昼間の疲労からか、次第に眠気が押し寄せてきた。


「…………」


 夜の帳が降り、山の獣達が本格的に起き出す頃、廃集落は再び静寂を取り戻していた。


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