幕間「菅原三穂太郎満佐と三歩太郎」
美作七流の話が出たために少し物語は脇道にそれる。
岡山県勝田郡奈義町には三歩太郎という民話が存在する事をご存じの方もいらっしゃると思う。これは美作菅家の祖として実在した菅原三穂太郎満佐(満祐)がモデルとなった物語で、史実としての満佐は菅原道真公から数えて十四代ほど後の人物となる。
あらすじとしては、昔この奈義の地を治めていた菅原道真公の末裔が菩提寺に訪れた際に絶世の美女と出会い、二人は恋に落ち、夫婦となり子を授かった。
子の名前は太郎。
しばらくの間夫婦は仲睦まじく暮らしていたのだが、美女の正体は実は山に住む大蛇で、真の姿を領主に盗み見られた女は己が身を恥じて山中の滝壺へと身を隠してしまう。残された太郎は大蛇の秘宝五色の玉を舐めて育ち、普通の子供として育たなかったがためか、はたまた人と大蛇の間に産まれた子ゆえか、その成長は著しいもので、地元の那岐山よりもずっと大きく雲より背の高い大男に育ってしまった。
最終的に太郎の大きさは、備前国から京都までわずか三歩で辿り着いてしまう程になり、その様子を見た人々は、太郎をただの太郎ではなく三歩太郎と呼ぶようになったらしい。
さて、そんな三歩太郎だが、年頃になり父の後を継いで領主となったときに、彼の嫁になりたいという女性が二人現れた。それぞれ名を佐用姫と豊田姫という。
美しい佐用姫と心根の優しい豊田姫。三歩太郎は迷った末に豊田姫を妻に選ぶ事を決めるのだが、選ばれなかった佐用姫は嫉妬に狂い、三歩太郎の草履に毒針を仕掛けてしまう。「蛇は金気に弱い」と云われ、大蛇と人の間に産まれた三歩太郎は毒針のためにたちまち気を失い、五体を四散させて死んでしまったという。
その際、三歩太郎の今際の喘ぎは「北大風」、現在の「広戸風」になり、四散した五体の内、頭は奈義町関本の「三穂神社」へ「こうべさま」として、右手は美作市右手三社大明神。かいな(腕や肩)は鳥取県智頭町の「河野神社」へ「にゃくいちさま」として、胴体は奈義町西原「杉神社」へ「あらせきさま」として、足は奈義町高円の「諾神社」へそれぞれ今も祀られている。
その他、三歩太郎の残した足跡は広く散在し、三歩太の足跡田、さんぶたろうのお櫃石、三歩太郎のせっちん岩、三歩太郎のきんたま池、さんぶたろうのきんすりなど、東美作において彼にまつわる地名や伝承は探せば幾らでも見つかる。よほど愛された人物だったのだろう。
民話としての三歩太郎はそこで終わる。
では、その源流は何処だろうと調べていくと、美作七流の筆頭、有元家の家系図へとたどり着く。
原文では、
満佐、改兼実号三穂太郎名木山城主妻者豊田右馬頭女有子七人菅家七流之祖也。
満佐其性質太ダ魁偉而博学外祖藤原千方之飛化術常登干名木山修伝事妖怪飛行或云播州中山村佐用姫明神通妻妬而殺満佐干時天福二年甲子九月十五日満佐五十二才也満佐屍解飛去数仙不知其終干今祀其霊。豊田庄氏神矣関本亦三穂太明神之宮祠則祭日九月十五日也『有元家略系図(東作誌)』
『菅原満佐、三穂太郎と号した人物で、名木(奈義)城主。妻は豊田右馬頭の娘で、七人の子が有り菅家七流の祖となった。満佐は体格が並外れて大きく、母方の祖父は藤原系であり、千方(平安期の方術師。朝廷の軍勢を退けるほどの術者)の飛化術を博く学ぶ。名木山に登り、妖怪飛行の秘術を修め、播州中山村にあるという佐用姫明神に通い、妻に妬まれ殺されてしまった。これが天福二年九月十五日(1234年10月9日)の出来事で、満佐は五十二歳だった。満佐の遺体は数千に散らばって昇仙してしまい、それ以降の行方はわからない。今はその霊魂だけが祀られている。豊田庄の氏神、関本の三穂太明神本殿の祭日も九月十五日という事だ』
要約すれば、三穂太郎こと菅原満佐は名木山(奈義山)に登って仙人の術を学び、その怪しい飛行術で播州佐用の女性のもとに通うので、妻が嫉妬して満佐を殺してしまったという話で、成立時期としては鎌倉中期に該当し、現在判明している三穂太郎の物語の中では最も古い。
興味深いことに、三歩太郎の源流、三穂太郎の伝説においては太郎を殺したのは佐用姫ではなく豊田姫の方となり、太郎殺害の犯人が逆転してしまっている。
この二つの物語について筆者はあれこれ論じる立場にはない。
三穂太郎の真相は歴史の闇の中に埋もれてしまっている。
【参考資料】
(奈義町観光サイト)
https://www.town.nagi.okayama.jp/kankou/kankou_spot/miru/sanbu-tarou.html
(奈義町立図書館)
さんぶたろう伝説テキスト(詳しい考察などはこちら)
https://www.town.nagi.okayama.jp/library/sanbu_text.html
(有元家家系図など)
ござんべえのぺーじさま
https://gos.but.jp/arimt.htm
紀行歴史遊学さま
https://gyokuzan.typepad.jp/blog/2020/06/%E6%9C%89%E5%85%83%E5%9F%8E.html
延原家・井上家の史的考察
http://www.hasukura.com/site/102tanaka.pdf




