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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二十四章・備前天神山攻防戦【天文二十三年七月四日(1554年8月2日)~】
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26・備前天神山攻防戦2-2


 恐らく毛利軍に関しては、毛利軍主力が芸防国境から離れられないことにも関係がある。


 六月、折敷畑での戦いにて、毛利軍は陶の勇将宮川房頼の軍勢を相手に完勝に近い勝利を得たにも関わらず、その後に発生した山代地方一帯の一揆勢に阻まれ、進むに進めず退くに退けずの状態にある。情報を整理すれば、これ以上の備前戦線への増援は無いことが分かる。


 だから、当主尼子晴久の判断は正しい。


 備中勢との小競り合いは松田氏に任せ、新宮党は尼子の精鋭として手早く天神山を落とし、出雲から播磨室津に至るまでの補給線を作り上げる。度重なる命令違反や独断専行を、その後の戦働きで黙らせてきた新宮党にとっては今回ばかりは晴久の命を軽んじるわけにはいかなかった。


 華々しい戦果を上げれば、新宮党の勇名も轟き、再び美作も目を覚ましてくれる。


 まるで夢物語のような希望でしかないが、それくらいしか現状の国久親子にとって選べる道はなかった。


「……しかし、どうしたものか」


 夢はあくまでも夢。(うつつ)のこととなれば話は別。


 ここまで来て、国久には次の戦略が思い浮かばない。


 次の舟着き場は、天神山城の西の天瀬集落となるのだが、天瀬は細長い氾濫原の中の猫の額ほどの平地を利用した舟着き場と荷揚げを行う広場があるだけ集落の規模は小さい。それより近づけば、直ぐに山裾の侍屋敷へと繋がり、大部隊が展開できるだけの用地が用意できないのだ。

 

 自分がもし攻められる立場であれば、兵力に余裕がある限り、あの場所の屋敷の周りに鹿砦を敷き詰めて簡易的な砦を構築する。そうする事で少ない手勢でも相手の軍に出血を強いる事が出来る。


 仮に舟を使用して麓の防衛施設群を突破し、無理矢理にでも城下に取り付いた場合はどうだろうか。そこから城攻めを行うには、細くくねった、しかも両脇に防衛用の曲輪に挟まれた狭い山道を駆け上がる必要がある。かなりの被害が予想され、たとえ犠牲を厭わぬ猛攻を仕掛けたとて攻め取れるかどうかは五分と五分。


 力攻めは下策中の下策。まして兵力が十分でないのであれば行うに値しない。


「……あれこれ考えていても何も始まらん。いつも通り先ずは兵どもに刈り働きを。もし浦上勢が動ぜぬ場合は焼き討ちを行え」


 引き籠って出てこない相手は引きずり出すに限る。城下最大の集落である佐伯集落を焼けば、心理的には相手に大きな揺さぶりを見込める。戦略として間違ってはいない。


 そんなに悠長な城攻めを行う時間はあるのか、という焦りは常に国久の頭から離れずに居る。

 

 美作国内で得られた食料は当初の予定よりずっと少なく、この数日間無理を承知で浦上方の国境の諸城を落としてもみたが城内から発見された兵糧は被害に見合ったものではない。

 

 手持ちの糧食だけでは到底長期的な戦闘など立案できたものでないが、備後戦線に引き続き、播磨戦線でも大きな戦果を出せなかった尼子軍全体の士気低下は深刻。


 尼子の旗は、勝利を欲している。

 それも、誰の目にも明らかな勝利を。


「……建築途中の城であれば容易に奪えようなど、どの口がほざいたのか」


 尼子家の面子(メンツ)を守るために引かされた貧乏くじ。


 青稲を刈り取らんと散開した尼子兵らの頭上には、人の世の苦悩など知らぬとばかり無数のナツアカネの群れが飛び交っている。


 古来より蜻蛉は勝ち虫と呼ばれる。


 前にしか進まず後ろに決して下がらない蜻蛉に、古の人間は不退転と勝利の意味を重ねたという。


「……前にしか進まないアキツ共と、前にしか進めない我ら。哀れか、ああ、哀れだな」


 一陣の夏風が、国久の側をふっと通り抜けていった。


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