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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第一章・備州騒乱【天文三年~六年頃(1534年~1537年頃)】
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02・備州騒乱3-1

 《3》



 夜になっても瀬戸内は昼間の熱が冷め遣らず、櫓の上では、見張りが半裸になって涼んでいた。

 異変の始まりに気付いたのは、城の見張りの者だった。

 深夜だというのに、尾根向こうの高取城が篝火を爛々と灯したのか空が明るみ、山筋から街道に向けて大勢の松明の焔が城外へと流れて出る様子が見えた。

 

 また野盗でも出たのか。

 

 治安の悪化しきった備前国では珍しい話ではない。宇喜多領内においても、地主や土地の農民達から、野盗をどうにかしてくれという要請はもう何度となく届けられていた。


 高取城城主は、(くだん)の島村盛貫。

 彼もまた浦上家重臣。多くの領民を抱える立場にある以上、砥石山城内と内情は変わらない。

 能家と盛貫とは犬猿の仲だが、実務関係では連携を取りあい、城内の者達はお互いに顔見知りとなった者も多い。見張りの者達は、城内の警護から高取城からの要請に備えることを優先させる。

 

 ある者はまた能家様が眠れぬなどと軽口を叩き、ある者は急いで具足を整え始めた。

 

 皆の準備は静かに整えられた。ただ部下達は、普段忙しい主人に気を使い、高取城側からの正式な要請が届くまでは能家への伝令を送らないよう指示を出した。彼らは良い部下だった。

 

 しばらくの時が過ぎた。

 

 この日は曇天。夜空に月明かりがなく、ほんの少し城を離れれば何も見えなくなる。

 やがてその闇の中から、一人の武将が姿を現した。その武将は高取城手の者で、門番達も見知った人物だった。ゆったりとした足取りで門番へと近づいていて、別段と慌てた様子もない。


「開門を、お願いしたい」


 誰もが武将の落ち着いた様子に、戦時待機の解除を報告に来たのだろうと思っていた。


「分かり申した。お役目御苦労様です。今開けますね」

「…………」


 ギギギと厚い木製の門が開くと、武将は城内に歩み入り、すぐに足を止める。

 彼は、宇喜多の城兵達を見回し、彼らの気が緩んだのを確認すると、右手を天高く突き上げた。


「―――今だ、懸かれッ!!」


 どっと閧の声が挙がり、闇に身を潜めていた軍勢が、城内へと雪崩れ込んできた。

 その数は十や二十ではない。闇夜で正確な数は分からないが、下手をすれば千を超えていた。

 皆一様に目を血走らせ、憤怒の形相で宇喜多兵を次々に血祭りに挙げていく。

 彼らは尾根向こうにいるはずの島村の兵士達だった。

 血煙と斬撃が飛び交い、罵倒とも怒声とも分からぬ声ばかりが城内を支配していく。

 

 彼らは城門前があらかた片付くと、番所に火が放ち、焼け出された宇喜多兵をよってたかってなぶり殺し、さらに奥へと侵攻し始めた。


 宇喜多勢も必死で応戦したが、まるで気迫が違う。五つある郭の三つまでが瞬く間に陥落し、四つ目で何とか防衛線を張り抵抗を続けていたが、それも時間稼ぎにしかならないだろう。

 それ程までに、島村勢の侵攻は迅速なものだった。


「何が起こっている」


 能家が騒ぎを聞きつけたときには、もう手遅れだった。

 落城間近の大広間には、当主興家を始め主要な宇喜多の家臣達が集まっていた。


「状況は」

「それは……」


 皆が揃えて首を振った。かける言葉もなかった。

 誰も襲撃の理由が分からず、相手との交渉は論外。援軍を待とうにも、岡氏や長船氏などの宇喜多重臣の軍勢が到着するまでには恐らく城が持たない。轟轟とした破砕音は鳴りやむことはない。

 最早、何も打つ手がないのだ。


「落ち延びるのみか」


 ならば早い方が良い。城内にはまだ女子供も残っている。

 能家は城には最小限の兵を残し、その他全ての兵力を脱出する家族達の警護へと回す。


「興家、敵中突破に兵は足りるか」

「……恐らく。しかし」


 後は、この城に残る者を決めねばならない。


「何をしておる。その役目は、この儂しか務まるまい」


 能家の突拍子も無い言葉に、家臣達は唖然とし、すぐに猛反対の声が上がった。大殿が死ぬぐらいなら自分が身代わりになろうという者が続出した。


 だが、能家は朗らかに笑う。


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