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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第二十一章・芸州折敷畑合戦【天文二十三年六月五日(1554年7月4日)~】
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23・芸州折敷畑合戦2-2


 だが、元就はゆっくりと首を左右に振る。


 その方針では、この場の勝ちは拾えても必ず敗れる。


 元来、籠城策は外部からの確実な援軍あって成立する持久策。五月十二日からの奇襲によって勢いのある今は多くの国人衆が毛利の旗に靡いている。だが一度足を止めてしまえば、城内からでは周囲と連絡が絶たれる。そうなれば、毛利は翼を捥がれた海鳥の如く次々と味方を失い、いずれは陶の大海に沈む。


 ごくり、と一同は元就の言葉に息を呑む。


「父上は、どの様にこの戦に臨まれるおつもりですか」


 僅かな沈黙が辺りを包んだが、元就の描く戦図に変化はない。周囲を取り巻く家臣らの不安をものともせず、ただ冷静に、我らが目指すのはたった一つの目的であると力強く断言してみせた。


「たった一つ、と申されますと……」

「多勢に対して寡兵の側が取れる方法はあまりありません。寡兵をもって大軍を誘い出し、別動隊を用いて手薄となった山頂の総大将を討ち取ります」


 元就は事も無げに言い切るが、実際これまで毛利軍は何度もその方法で大敵を打ち負かしてきた実績があった。


「……有田の中井手、郡山の鎗分、青山もそうでしたか」


 独り言のような元就の呟きだが、決して荒立てない穏やかな言葉遣いを聞いていると、不思議と、やり遂げることは酷く困難だが、やってやれぬ話ではないようにも思えてくる。現当主毛利隆元が心酔して止まない父元就の威厳のなす(わざ)といえる。


「ほかに良案があれば、なんなりと」


 そこで、先ほどの口羽通良があらためて口を開いた。


「畏れながら。折敷畑は里山としても開けており、山中には幾つもの道が通っていることはこの辺り出身の者ならば誰でも知っております。たとえ敵勢の釣り出しに成功し、別動隊が陶殿の本陣へ攻め上ったところで、肝心の陶殿を取り逃がす可能性も十分にあるのでは……」


「勿論です」


 山を取り巻く街道に関して調査は終えてある。


 折敷畑山中に通じる細かな山道は数あれど、山腹の開けた広場に出るために大軍が通ることの出来る広い道は限られる。元就の想像が正しければ、陶晴賢という男は総大将自らが前線に赴き、作戦立案することを好む。ならば早朝の奇襲の成果やいかんと報告を待ち望む陶の総大将はあの山に居る可能性が高い。


「奇襲が失敗に終わったと知れば、恐らく彼は山を離れます。そうなれば後陣の到着を待って、定石通りじっくりと我らを討つよう方針を変えてくるでしょう」


 その前に、毛利軍は総力を挙げて山腹の敵大将の首ただひとつを狙い猛進する。


「それがこの戦に勝つための最良の策となるでしょう」


 理屈は理解した。が、皆は固唾を飲むばかりで最後の一押しが足りない。


「ときに……」


 と、そこで陣幕の外から何やら人の声が聞こえた。


 話し声に耳を凝らすと、陣幕を守る警護の一人が厳島神社社家・棚守房顕の使者を押し止めていた。


 元就が許可して使者を陣幕の中に通すと、今朝方に見た夢のなかで元就と陶入道が争う場面があり、元就方が勝利を得たことを告げ、これを霊夢として奇特に思い、居ても立っても居られず御供米(おくまい)と祈祷の巻数(かんず)を奉じて来たのだという。


「……これこそ神慮。陶との決戦に赴くこのときに、この様な稀有なことがあるのは我らに神の加護があってのもの。我らの勝利に疑いはなく、あとは我らの奮戦に総てが掛かっているのみである」


 えいえいおうと元就が鬨の声をあげると、息を吹き返したのか毛利諸将も自然と続いた。どの顔からも、先程の不安の色は消えていた。激励の成果もあってか、毛利の兵士は足取りも軽く軍を南北二つに隊を分けて逆進撃をかける。


 この際、北部から向かう吉川元春軍の兵士の中に、速谷神社の裏の枯れない泉にて身の丈一尺三寸のつゆ太郎さんと思しき蛇の化身をみたという話があるが、出典が分からず真偽のほどは定かではないことを付記しておく。


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