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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十九章・西播怪談実記草稿十一【天文二十三年四月中旬】
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21・西播怪談実記草稿十一3-2(天文美作合戦)

 この方針自体には何も問題は無い。


 だが、これらの改修費が尼子の支援金で賄われたことが問題となった。


 これまで幾度となく和議と離反を繰り返してきた宇野氏当主・宇野政頼は、今回の再離反も早々に露見すると予想し、その上で、尼子に尻尾を振ることで得た過剰な支援を手中に残すことも考えた。尼子の豊富な軍資金に目を曇らせても良いかも知れない。


 尼子が宇野に相当な期待をいる。尼子による播磨統一が成し遂げられた暁には、宇野氏に今以上の待遇を、播磨攻めの恩賞は莫大な額に金銭や立場を用意してくれるに違いない。


 ならば、今大きく投資すれば、その分だけ見返りも大きくなる。


 捕らぬ狸の皮算用の典型だが、当時の宇野はそう判断した。


 そうと決まれば、いっそ大っぴらにした方がかえって清々しい。宇野氏は平時では行うことも出来ない大規模な増改築を計画し、短期間で工事を終わらせるために宍粟郡内だけでなく近隣諸国からも人夫を募った。


 結果、なにが起きたかといえば、労働力と資源の奪い合いである。


 時同じくして、山名氏も播但国境の鉱山群を開発するための人員を雇い入れ、但馬からの人員確保が困難になり、播磨国内でも上月城の改築をはじめ、近づく戦火を警戒して城郭の強化を図る領主が急増したことで、人も物資も、より高く銭を積み上げねば集まらないようになる。


 一部、領民に賦役を課すことで若干の進展はみられたが、それすら尼子氏の威光無しには語れない。この時代、名主百姓層と土豪層の階級的対立はしばしば起こり、領主側の力が不十分とみなされれば領民とて表立って抵抗をみせた。


 尼子という巨大勢力の権威を借りることで、宇野氏も領民に対して半ば強制的な賦役への協力を呼びかけることに成功し、一定の成果を得る。


 しかしながら、当然遺恨は残り、そもそも農民は農民で年貢を納める義務があり、農閑期でなければ簡単に農地からは離れられない制約がある。結局、一時しのぎにはなっても根本的解決には至らなかった。


 期待した労働力が確保できない中、宇野氏の収支は予想を大幅に超えて赤字となり、尼子氏からの支援は滞る。出来上がったばかりの施設に備蓄するだけの余力はそれほど残されてなかった。


 そこに、但馬山名軍の侵入が止めを刺した。


 志引峠を越えて尼子軍を待っていたのは、物資の枯渇しかかった宍粟郡の諸城と、さらなる支援のおかわりを待ち望む播磨国内の親尼子派の姿だった。


 尼子家当主尼子晴久は、こうした播磨の状況を知って憤死しかける。


 晴久の計画では、あれほどの援助を行ったのだから当然味方勢力圏内は潤沢な食料と豊富な軍備が整えられて然るべきだった。それを期待しての竹山攻め、それを期待しての志引越えだった。


 晴久派の計画は、播磨国に入って早々に狂い始めた。


 軽視されがちだが、兵站の距離は延びれば伸びるほど、指数関数的に重い枷となって猛威を振るう。どんな猛将であっても空腹には勝てない。


 この進軍は、尼子家当主が反対派の意見を退けて開始した以上、成功の可否に晴久派の名誉が掛かる。いまさらおめおめと計画を変更し、南下して播磨国境の上月城攻めを行うことになれば新宮党派閥からの追及は避けられない。


 これ以上の新宮党の増長を望まない晴久としては、絶対に許容できない案件となる。


 だが、派兵の目的は、浦上政宗ら播磨南部の親尼子派に乞われての援軍。道半ばで引き返せば、国内外の親尼子派の心を繋ぎ止めることが危うくなる。


 主命が果たされぬ間は、安易に撤退も許可出来ない。


 東美作を手中に収めたとは言え、度重なる遠征で生じた戦費拡大を無視できるほどではなく、急ぎ播磨南部まで出向かねば、親尼子派が先に消滅する危険性も付きまとう。


 どれだけ思考を巡らせても、計画変更の余地は残されていなかった。


 そんな尼子軍と宇野の連携不足のツケを支払わされた哀れな被害者が、今回の美作国の領民となる。


 志引峠を越えて千草山城の食料備蓄が済むまでの五日間、備蓄が済んだ後の二十二日間、彼らは尼子軍主力のために懸命に最前線まで食料を運び続ける。貴重な農期を遅らせてまで彼らが得たものは、更なる災禍への道筋だけだった。


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