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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十九章・西播怪談実記草稿十一【天文二十三年四月中旬】
178/277

21・西播怪談実記草稿十一2-1(天文美作合戦)

 ―2―



 同日、深夜。


 月がやや西の空に傾きかけた時刻。川風は凪いでいた。


 この日、竹山城下への夜襲に参加したのは尼子軍の河副隊。数は三百とも五百とも言われるが詳細は分からない。まだ月の明るい時期とはいえ、山深い土地と夜の闇の中では正確な敵影の把握は困難を極める。


 それほどに、河副隊の襲撃は極めて迅速に行われた。


 尼子勢は月明かりに沈む街道を北上し、瞬く間に川沿いの新免氏の警戒網を突破すると、息をつく暇もなく竹山城下まで駆け通す。彼らは現在の下庄町内に入り込んでから初めて灯りを点し、部隊を小規模な隊に分けて集落中に散らばらせた。


 行われたのは焼き働き。いわいる放火や付け火の類。


 相手の心理的動揺を誘って、堅固な城内から相手をおびき出す。堅牢な城から出てくれればしめたもの。誘い出しが不発に終わったところで、明朝から開始される攻城戦に邪魔となる障害物を焼失させることができ、まさに一石二鳥。


 散開した尼子兵らは、最初から集落にむやみに火を付けたりはしない。


 過ぎたるは猶及ばざるが如し。炎が大きくなり過ぎれば、夜の闇というせっかくのアドバンテージを自ら捨て去る。自軍の規模を相手に悟らせる愚を犯すことは絶対に避けねばならない。本格的に火が点されるのは城兵の迎撃が無いと知った場合のみに限られた。


 そのために、彼らはわざわざこの時間を選んでいる。


 灯火を持った尼子兵はめいめい目ぼしい民家に押し入ると、奪えそうな物資を手当たり次第に奪い、確認を取ってから家々に火を放つ。


 集落に次々と火の手が上がると、炎は谷風を呼び、集落は業火に包まれた。


 明々と燃え行く城下町を見下ろす竹山城側だが、城兵らは固く城門を閉ざして尼子勢の接近を警戒するのみで城外に打って出る気配は無い。


 城側に抵抗の意思がない事が分かると、調子に乗った尼子兵の乱暴狼藉は範囲を拡大していった。


 この時の様子を、地元岡山の伝説はこう伝える。


 天文の終わり頃、竹山の城の近くには仲の良い兄と妹が住んでいた。二人は早くに両親を失い、遠方にしか親類がいなかったため、親切な村の者たちが親代わりとなって二人を育てていたという。


 ある夜のこと、出雲から尼子の軍勢が攻め込んできた。


 真夜中、村人達は深く眠り込んでしまっていたため、襲撃を受けた村人は誰もかれも村を捨てるようにして逃げ出し、兄妹二人も育て親とはぐれ、それでも播磨の国境から美作国東部の川北(かわぎた)村に逃れようとした。


 だが、逃げる最中、二人は尼子兵に追われることになり、国境の坂を越えたところで兄はなんとか隠れてやり過ごしたが、妹は尼子勢に捕らわれ何処かに連れていかれてしまった。兄の耳には「にいに、にいに」と泣きじゃくる妹の声だけが夜の風に乗ってずっと聴こえていたという。


 翌日になって、妹は変わり果てた姿で発見され、兄は若葉が生い茂る山の一角に冷たくなった妹のために小さな塚を作って祀った。


 以来、その坂では夜になると「にいに、にいに」と兄を呼ぶ声が聞こえるようになり、近隣の村人達は不気味がって近寄らなくなると、いつしかその坂は「にいに坂」と呼ばれるようになって地元では恐れられたという。


 元々不便な場所にあったにいに坂だが、やがて地元の猟師ですら夜間の通行を避けるようになり、生き延びた兄だけが、毎月月命日に川北の地から妹を偲んで供え物を届けるためだけに使用するようになったのだそうだ。


 それが、慶長年間(1596~1615)に入って、年老いた兄が妹の墓へ通う事もなくなると完全に廃道となったというが、時々地元の若い衆が肝試しのために坂を訪れていたらしく、しばらくは「にいに、にいに」という呼び声は続いていたらしい。


 後に兄が病死すると、まもなくにいにと呼ぶ声の怪も消えてしまい、その後は兄の子孫らが細々と妹の墓に訪れていたが、それも今では途絶えてしまったという。


 この話は美作国の南海(なんがい)村の衣笠某という人物が地元の古老が伝えていた記録が残る。

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