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二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第0章・摂州大物崩れ【享禄四年(1531年)】
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01・摂州大物崩れ3-2


 絶望的な状況下、播州龍野平野を揖保川を遡りながら、北へ北へとひた走る浦上兵の一団があった。

 

 剣酢漿草(けんかたばみ)の紋。宇喜多氏の軍勢。彼らは早期に大物の地を離れたため、赤松勢の封鎖網が出来上がる前に前線を突破し、播磨南西部まで一気に駆けて来た。

 

 本来ならば、上洛時に使用した明石や室津の港を利用できれば良かったのだろうが、すでに赤松の軍勢が海路を制圧。船での帰還は諦めざるを得なかった。


 さすがに丸二日の疾走は厳しい。彼らは一端足を止め、交代で休息を取ることにした。

 龍野は赤松家一門の拠点龍野城が存在していた。だが、龍野赤松氏当主・赤松政秀は東軍に与していたため、彼の領地まで踏破すれば一定の補給を見込めた。


 城兵からはこれまでの撤退戦を労う声があったものの、休息をとる暇もなく、わずかな炊き出しが振る舞われた程度で、一刻も早く龍野領内からさらに北の宍粟宇野氏の領地へ去るようにそれとなく勧められた。南部、赤穂方面から備前に退却する経路には赤松軍が展開しているのだという。


 途上で脱落した友軍を待ちながら、後方の城山方面を眺める初老の男がいた。


「ここから鹿沢を抜ければ、佐用郡か」


 男の名前は、宇喜多能家(うきたよしいえ)


 当時、宇喜多能家の名は浦上家随一の名将として、播州はおろか西国全域に及んでいた。

 そんな彼の軍勢でも無傷な者はなく、能家自身も背中と腕に二本の矢が貫通していた。すでに肉が絞まり、傷口を切らねば矢尻が抜けぬであろうが、命あっての物種。傷の手当てを行う暇を惜しんでまで走り続けた結果、彼らは生き延びることが出来た。


「父上、ここにいらっしゃいましたか……」


 突然の声にギクリと振り返ると、見慣れた息子の姿があった。

 

 能家の嫡子、宇喜多興家(うきたおきいえ)

 興家は殿軍を務め、落伍者せぬよう兵達を励ましながら、数度の追撃を潜り抜けて、先刻やっと追いついてきたところらしい。興家と彼の部下が、川の水で束の間の涼を取っていた。


 興家は、良くも悪くも平々凡々。太平の世であれば庄屋になっていたかも知れない。

 

 父・能家は本来、次男の宇喜多四郎に家督を譲るつもりでいた。しかし、八年前の戦で四郎は死んでいる。能家が剃髪したのも、四郎の死を悼んだためだということを興家は知っていた。

 

 今回の殿軍を自ら願い出た理由もそれが原因だった。興家は興家で偉大な父に少しでも近づこうとしていた。

 仮に興家自身が死んだとて、彼には三歳になる息子がいる。父が孫の教育を間違えるわけがない。己の未練よりも、今はお家の存亡を優先させるべき時なのだ。


 興家はそう考えていた。


「無事であったか」

「父上、当然で御座います。どうして逆賊の刃など恐れましょうや」


 そう強がりはしたが、興家も無数の傷を負い、疲労で足元すら覚束無い状態だった。能家は見てみぬふりをした。


「憎むべきは赤松の奴等です。大恩ある高國様を裏切るとは、人面獣心とは彼らのことです。どなたの力で播磨を制圧出来たと思って……」

「………………」


 興家の激昂も、尤もだった。


 六月二日の軍議には、赤松家主従の面々が誰よりも熱心にこれからの方針を話し合っていたのだ。あの時の彼らの真剣さに疑いをもつなど、小指の甘皮ほども思い付きもしなかった。あの動作の一つ一つが演技だったとすれば赤松三つ巴の家紋には、どのぐらいの怨念が渦を巻いているのだろうか。


「許せ。全ての責は、この能家が彼らの内応を見破れなんだことにもある」

「それならば私にも、責はあります」

「………………」


 夏のうだる暑さが、頭上から彼らを焼いていた。山の緑と夏草の匂いは昨年から変わらないのに、彼らは総てが変わってしまったのだ。


「あの混乱の中、大殿は無事に逃げられたでしょうか」

「解らん。だが今は願うより他にあるまい」


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