17・西播怪談実記草稿七2-3
ひとしきり兄弟が騒ぎ終わった頃、母屋の方から大きな賑わいが聞こえた。花嫁が到着したらしい。政直と三郎の弟二人は物陰からこっそり花嫁の姿を伺う腹積もりらしく、兄の宴席から抜けることを告げた。
どたどた駆けていく二人を見送ると、途端に部屋の中は静寂に包まれた。
政範自身、口数の多い方ではない。一人、つんと冬の空気の染みた室内に残されると殊更独りを感じる。明日の夜には夫婦の空間となる新居も今だけは不思議な寂しさが支配していた。
怒涛の一年。そんなも残すところあと僅か。
祝言が終われば、今度は歳神を迎える準備が待っている。来年の事を呟けば鬼が笑うと言うが、次の年こそは良い年になって欲しいといつの時代も人は願う。一息、白く濁った酒で十六島昆布の煮しめごと雑念を飲み干す。
と、そこで戸口が開く音が聞こえた。
同時、屋内に入る気配は二つ。
先刻出ていった弟二人が忘れ物を取りに戻ってきたわけではない。
玄関から近づく足音は一つは父のもの。それと重なるように足音がもう一つ。音はすり足なのか、酷く小さく頼りない。外気が侵入したため燈明皿の炎が揺らめき、政範の部屋に近づくにつれ、風が足音の主らの会話も連れてくる。
「段差がある。気をつけろ」
「……はい」
あの日聞いた少女の声。狭い廊下を通る父の声に混じって、しずしずと付き従うように歩いているらしい。
「政範。起きているか」
襖越しに父が立ったのが分かる。
「……起きております。お待ちを。すぐに開けます」
「良い。自分で開ける。花嫁を連れて来た。明日の式に先立ち、一足先にお前に顔通しをさせておこうと思ってな」
政範に立ち上がらせる暇もなく、がらりと人一人分だけ襖を開けて政元が室内へと入る。父の後ろ、廊下には花嫁衣装に身を包んだいつかの少女の姿が見えた。こんな夜でも相変わらず顔を隠しており、あの日と異なるのは覆面の色が黒から白に変わったくらいだろうか。
「すまん邪魔するぞ。やはり、政直と三郎はおらぬな」
「あの二人ならば先程母屋の方に向かいましたが……」
入れ違いになったのであれば二人を呼びますか、と問う政範に対して、政元はそうではないと首を振る。
「あの二人が出ていったのは確認している。だからこのお方をお連れ出来たのだ」
余程の事があるのか。瞬時、政範は平時の家族と過ごす顔から戦時の緊迫した面持ちに切り替えた。だが、それは早合点。武将として息子の成長を嬉しく思うが、政元は笑いながらそう身構えるものでもないと答えた。
「急くな。雪、入りなさい」
「……はい」
父の後ろで佇む花嫁が頷き、一歩部屋へと足を踏み入れる。偶然、部屋の温度変化で巻き起こった悪戯な風が少女の顔を覆う布切れを捲れ上がらせた。
途端、政範の表情が凍り付いた。




