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ふたりの天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第0章・摂州大物崩れ【享禄四年(1531年)】
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01・摂州大物崩れ2-4


「坊主、すまぬ」


 高國は、片方だけ藍色の紐で結ばれた鎧を身に付けると、長男の襟首を掴んで外へ出た。

 彼を待っていたのは、罵詈雑言だった。

 扉の前には、嫌らしく顔を歪めて笑う人間が取り巻いていた。


「天下の細川高國が落ちぶれたものですな」

「そのような不細工でみすぼらしい鎧をまとい、子供を盾とするとは。やはり狂人に育てられた者は狂人ですな」

「いや全く全く」


 高國は、彼らの罵りをただ黙って耐えていた。ハシの長男は先程までの親しかったはずの人間に今度は突然首元に刃を突き付けられ、声も出せずにいた。


「おお怖い怖い」

「そうですな。こんな武士の風上にも置けぬ臆病者、いっそ我らを恐れ、甕の中で震え小便漏らしていたことにすれば良い」

「それは面白い手柄話になりますな」

「……黙れ」

「いやいや高國殿。最早逃げられぬ。早く子供を離し、速やかに我らに投降されよ」


 高國を取り囲む者の中から、最も身綺麗な武者が進み出た。


「せねば、どうする」

「詮無きこと。ただその子を殺します」


 武者が合図を送ると、雑兵の一人が弓を構えた。


「その後で、ゆるりと我らの話を聞いて貰います」

「…………」


 最早これは交渉ではない。


「ふん、条件を呑もう」

「賢明な判断です」


 高國が子供を離すと、直ぐ様、彼は縛られ身動きが取れなくなった。


「連れていけ」

 

 尼崎は臨済宗、瑞雲山高徳寺に送られる道中、高國を罵倒する声は止まなかったが、彼は抵抗することもなく、甘んじて三好方の声に耐えていた。そんな中、三好氏の配下の武将の一人がハシ達の家族を訪れ、彼らに迷惑をかけた詫びと、ハシ達の足止めのお陰で宿敵高國を捕らえられたことの礼を述べた。


 武将はハシ夫婦の功績を讃え、少なくない額の金銭を彼らに渡した。


 しかし、ハシの耳には武将の言葉が何処か遠い国の言葉のようにしか聞こえなかった。

 最後にその武将は、懐からひとつの瓜を取り出して、泣きじゃくる長男に手渡した。


「坊も、よく頑張ったな」


 やがて武将は、己の主が待つ高徳寺の方へ引き上げていった。

 ハシが正気に戻った時には、もう寺の門は固く閉ざされていて、何人もの番兵が立ち、中に入ることはおろか、内部に覗くことも許されなかった。

 その以降、ハシと高國が言葉を交わすことは二度と無かったという。



 平成の時代になった現代には、この大物崩れ後に関して、こんな逸話が残されている。

 大物での戦に破れた高國は、町の京屋という染め物屋に逃げ込み、彼は、甕をひっくり返してその中に隠れることにした。そのせいか、誰も高國を見つけられなかった。

 皆が探索を諦める中で、三好一秀という武将がある策を思いついた。

 彼は、町の子ども達を広場へ呼び集めると、そこにまくわ瓜の山を用意した。甘いものが貴重だった時代、果物は子ども達にとって何よりの御馳走だった。

 そして一秀は、騒いでいる子ども達に言った。

「高國を見つけた者に、全部あげようじゃないか」

 かくれんぼの得意な子どもならば高國の居場所を探れると踏んだのである。

 結果、一秀の策は見事に当たり、やがて高國は捕らえられたという。


 これが有名な『高國とまくわ瓜』の伝説として、今日(こんにち)も尚、尼崎の町に語り継がれている。


 『 絵にうつし 石をつくりし 海山を 後の世までも 目かれずや見む 』

 ―――細川高國、享年四十八。



【島村蟹】

https://archives.pref.okayama.jp/pdf/kanko_kiyo10.pdf

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