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二人の天下人ー西播怪談実記草稿から紐解く播州戦国史ー  作者: 浅川立樹
第十章・西播怪談実記草稿二【天文二十二年(1553年)~】
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12・西播怪談実記草稿二1-3

 

 そう思い至るにあたって、晴政は行動を迷わなかった。


 毛利の忍び、世鬼一族の助力を得て、但馬山名氏が美作国に攻め入る気配があるという飛語を流布させ、尼子新宮党に揺さぶりをかけることで播磨の親尼子派にも助攻として播但国境で決起を図るよう迫らせ、遂には山名氏に軍事行動をも起こさせた。


 乾坤一擲、天恵の閃き。国力の劣る自分が取れる最良の手段として信じて疑わない。

 赤松晴政の予測通りに動いている。


 事実、まだ毛利氏が但馬山名氏を説得に当たっていた時分、五月二十日の荻瀬橋での戦いでは、新宮党党首・尼子国久が尼子総領家の援軍を待たずして増水した竹地川の強行突破を仕掛けたことが尼子軍全体の敗因に繋がった。


 狭い橋の上では、数の利を活かすことも出来まい。


 美作国は尼子新宮党の嫡男・尼子誠久の影響下。

 新宮党当主として、在陣中の己が息子の領地の救援に向かうために、一刻も早く毛利勢を打ち破らんと勝ちを焦ったのではないかと推察できる。


 人の心を掴んだ戦。凡人が凡人なりに考え抜いて導き出した最善の一手。


 自分は半端者ではないか、一族の長にはもっと知勇に優れた者が立つべきではないか、これまでの失態で家中における自分の実績など帳消しにされているのではないか、否、ここまでの情勢は全て偶然ではないのか。


 権謀術数、弱肉強食の嵐が吹き荒れる中で、晴政の中の時間は享禄四年六月四日から今も進んでいない。彼は常に自身の劣等感と闘い続けている。


 一方で、全てを飲み込むには晴政の器が足りない。


 彼の後悔は、実の兄の嫡子を死なせてしまったこと。

 その衝撃を受け止めるには、晴政の心は優しく柔い。


 どうして門を出ずに待てなかったのか、どうして事前に伏せておいた晴政の手勢がもう少し早く到着できなかったのか、どうして、どうして、どうして……。


 無数のどうしての海の中、晴政の心が千々に千切れることを現総領家当主という重責が鎖となって彼を踏み留めさせていた。


「…………いっそ、総て投げ捨て、仏門にでも入るか」


 まだ彼には許されざる道。

 

 この十月までに、独力で山名の軍勢を相手し続けた宇野殿は、尼子から頂戴した金子のほぼ全て使い切り備蓄の金銭にも相当手を付けたと聞く。圧倒的優位を保っていたはずの宇野殿が、今頃一体どんな顔をされているのか。


「こちらの舞台は整えてやったぞ……」


 晴政は、かつて鞍掛山に出向いた際に戯れに政範の兄に教えた双六の賽を取り出す。


 父義村のものと伝わる三つの賽が茶室の床に投げつけられるが、出目は三・四・六の目無し。

 泣きながら苦笑する晴政を気に留める者はそこには居なかった。

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