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僕は君のことが嫌いだ  作者: 相馬惣一郎
9/20

第9話

 精神的不調はそのまま便にも影響を及ぼした。それも最悪の結果で……。

 出そうで出ない。

 がんばってみたが、どうしても出てはくれない。

 しかたがないので、私は中身も出ないのにげっそりとやつれた様子でトイレをあとにした。

 私は今日もあの女を待たずに家を出た。

 学校での私は人気者だった。そして昨日に負けないくらい孤独だった。

 教室に入るや近づいてきた工藤は私に負けず劣らずげっそりとしていて、

「聞いてもらいたいことがあるんだ……」

 深刻な顔で言うものだから私としても聞かないわけにはいかなかった。

 だが、すぐに後悔した。

 この男はメアリーの設定を考えていたというのだ。

 さる良家の四姉妹の三番目がメアリーということらしく、性格はおだやかで優しく、そのうえ上品でもあり、クラシックに乗馬という優雅な趣味ももっている。とくに三歳からはじめていたというバイオリンはかなりの腕前で、とあるコンクールで優勝を逃してその後、猛練習のすえ見事に優勝をしたというから、おだやかなお嬢様というだけでなく芯の強さも兼ね備えていて、それから乗馬のほうも……。

 奔放な長女のヴァイオレットに、理知的な次女のジェシー。水と油のように相反する性質の二人の姉がしばしば対立する、その仲を取り持ち、天真爛漫で元気いっぱいの末っ子レイチェルを可愛がるこころ優しき……。

 憧れの先輩に恋をするがその先輩にはすでに恋人がいて泣く泣くあきらめようとするもあきらめきれず、その間に自分へ言い寄ってくる男たちを断りつづける一途さもありつつ、募り募った思いをどうすることもできずに思い切って自分から告白するという情熱的な一面も……。

 わけのわからないことをぺらぺらとしゃべりまくしたあげくに、

「だが、三女というのはどうだろうか? やっぱり次女のほうがいいような気がするんだが、そうすると姉妹の性格に大きな狂いが生じるし、ここはいっそのこと三姉妹ということに……ああ、でも、そうするとジェシーをけずらなきゃいけなくなるけど、このキャラをすてるのはあまりにも……くそう、俺はいったいどうしたらいいんだ……」

 どうでもいいようなことを私に相談してきたのだ。

 昨日から少し様子がおかしいと思ったら、この男はあれからこんなばかげたことを考えていたのか……。

 私はあきれてしまった。

 一時でもこの男を友人だと思ったことを私は激しく後悔した。その場で友人関係を解消してやろうかとも思ったのだが、病人のように憔悴した様子をみているとなんだかあわれにおもえて結局うやむやになってしまった。

 山田は今日もやってきた。

「お、お姉さんのヴァイオレット嬢にも会ってみたい」

 いじらしいほどもじもじとして言う姿に、私は殺意を抱いた。けれども、今日の山田は昨日のように血相を変えてせまってくるということもなく、一定の距離をたもっていたので私としてもこれを眠らせるわけにはいかなかった。

 なにもしない人間に手をかけるほど私は卑劣な男ではないのだ。

 だが、どうにもやりにくかった。

 いつせまってくるともわからないこの状況では、かなりの神経をつかうし、ギャラリーは多いし、話しかけてくる山田を無視しているだけで、

「ケンカか?」

「いや、あれは、じらしているのだ」

 などとギャラリーのささやきが聞こえてくるし、徐々に広まっていった工藤の設定を聞きかじった奴らが、

「どうも山田先輩は姉のヴァイオレットさんに色目をつかったらしい」

「それで嫉妬したのか」

 訳知り顔で話したり、数日たつと似顔絵の描かれた菓子を売り歩く奴らが出てきたり、動画を撮って生中継で配信したり、工藤のつくった設定をネット上で紹介したり、勝手に考えた展開を披露して観客からチップを徴収する奴らがあらわれたりと、日を追うにつれて、にぎやかになっていくギャラリーとは対照的に、私の精神は徐々に偏重をきたしていった。

 そして積もりに積もったものがついに爆発した。

 かつて、これほどまでに自分というものを見失ったことがなかったせいか、その爆発のしかたも一風変わっていて、とても静かなものだった。


 それはある日の夕方のことだった。

 私はかなりの疲労を感じて、体を休ませるためベッドに横たわり、ぼんやりと窓のほうへ目をやっていた。まだ空は明るかった。部屋に入る日の光がずいぶんと短くなったものだと、私はなんともなしに季節を感じていた。ふいに首をめぐらすと、部屋の隅に置いていた紙袋が目にとまった。

 それは女装をしたあの日、それに使った代物をまとめて入れてある袋だった。

 あれ以来、私はあの女を無視したままである。

 本来なら、あの女経由で小野寺さんに渡してもらうのが最もよいのだが、そんなことをする気にもならなかった。彼女に返さなければ申し訳ないとは思うのだけれど、あの女になにかしてもらうというのは、たとえ本来ならあの女自身が取りにくるべきものだとしても、私には我慢ならなかった。

 なら直接小野寺さんに渡せばいいのだが、学校でのあの状況では渡せるものではなかった。彼女にどんな災難が降り注ぐか、わかったものではないし、私のせいでそんなことにでもなってしまっては申し訳がたたない。それにどんな顔をして彼女に会えばいいのかもわからない。いっそ黙ってあの女の部屋の前に置いておこうかとも思ったが、それすらもする気にならなかった。

 許せないのだ。

 私の中学時代が汚されたのをあの女へぶつけるのは八つ当たりともいえるが、いまの私にはどうやってもあの女を許すことなどできない。実際、あの女のやったことはすぐに許せるものでもない。

 近ごろのあの女はひどくしょぼくれて元気のない様子をみせているが、同情をひこうとしているその姿を見ているだけで私はなんだかムカムカしてくる。

 私はいまだに感情のもっていき場を見いだせないでいるのだ。このもやもやとしたものをどう処理していいのかわからなかった。

 そんな状況下で、なにげなく目に入った、この袋。

 これを目にするたびに、あの女への怒りはもちろんのこと、小野寺さんへの謝罪の気持ち、中学時代のことや、学校でのことなど、様々なことが浮かんでくるのだ。それも私がいま考えたくないようなことばかりが浮かんできて、そのつど私は嫌な気分になった。

 だから近ごろの私はできるだけ、この袋を避けていた。

 極力、目に入らないようにし、もし入ったとしてもすぐにそらしてないものとしてふるまう。そのくせ頭の片隅には、つねにこの袋の存在が居座っていて離れることがないのだ。

 我ながら情けないかぎりだが、どういうわけか、このときは違っていた。

 この袋から目を離すことができない。

 まるで吸盤でもはりつけたかのようにぴたりと固定されて、そらすことができない。いや、やろうと思えば、できないこともないのだろうが、そんな気持ちもおこらないくらい自然であるというか、自ら進んでそこへ吸い込まれていっている、といってもいいくらいで、私のなかでこれになんら反発するところがないのだ。

 私は身を起こして座りなおした。

 もちろん、袋に目をやったままである。

 そうしていて不思議に思うのは、いままで感じていたものが消えうせていることだった。袋を目にしていても、なにも感じなかった。あの女への憎悪でさえ、うそのようにどこかへ消えてしまっていた。感情だけではなく、自動車の走る音に、鳥の鳴き声や子どものはしゃぐ声、普段ならもれ聞こえてくる外の音も私の意識から締め出されていた。

 まるで真っ白な空間に私と袋だけが取り残され、それ以外のものはすべて消えてなくなってしまったかのようだった。

 そのなかで漠然としたなにかを私は感じとっていた。

 私はそのままじっと袋を見つめつづけた。

 それからどれくらい経っただろうか。

 もう日は暮れようとしていた。部屋に入る光もずいぶんと、か細くなっている。

 ふいに大きな声でカラスが鳴いた。

 この瞬間、私のなかにあった漠然としたなにかが、すっと形をなした。

「よし……」

 私はふたたびメアリーになることを決意した。

 なぜそんなことを決めたのか。

 はっきりとしたところは私にもよくわからない。しいていうならば、反抗心なのかもしれない。みんながそう望むのであれば、望みどおりにやってやろうじゃないか、と反発するこころと、ここ数日の鬱屈した気分とが、元凶ともいえる女装道具を見ているうちに合致して、そんな決意をさせたのかもしれない。ほかにも理由があるのかもしれないが、冷静なようでいて冷静を欠いている私にわかるはずもない。

 理由はどうあれ、ヤケになっているのは確実だろう。

 ヤケでもなんでも、いったん決断を下したとなると私は行動の早い男である。

 夕飯を食べたあと、私はメイクの研究にとりかかった。一心不乱に様々な資料をあさり、小野寺さんのやっていたことを思い出しつつ、何度か試したすえにようやく、なんとかさまになる仕上がりとなった。

 すでに朝になっていた。

 女の身となった私は鞄を手にとって部屋を出た。

「えっ! ちょ、ちょっと、キョウちゃん……!」

 初音さんが声をかけるのも無視し、朝食もとらずに、私は家をあとにした。

 この日は割りあいに涼しく、ニットを着ていてもさほど暑さは感じなかった。

 学校へ近づいていくと、

「えっ、ひょっとして、あれ……」

 と、しだいに私ではないかと気づく者があらわれはじめた。うわさが広がったときと同じ服装なので当然といえる。

 意外にも私は平然としていた。

 しっかりとした足取りで前に進んでいる。

 前回のときのように、おどおどしたり、変に興奮することもなかった。けれども、なみなみならぬものが私のなかに沈んでいて、いつなんどきそれが飛び出てくるともかぎらない感じではあった。

 門をくぐるときになると、私はかなり浮いた存在となっていた。ただ女装しているというだけでなく、登校する生徒はみんな制服であるのに私ひとりが私服であり、それもピンクに白とかなり目立つ色をしているのだから無理もない。

 私の行動におそれをなしたのか、それとも私の気迫にのまれたのか、私だと気づいているはずなのだが、この日は誰も声をかけてこなかった。みんな遠巻きに様子をうかがうようにしていた。ただ、やたらに写真だけは撮られた。

 私はかまわずに教室をめざした。

 教室に入り、席へ座ろうとしたところで工藤が近づいてきて、

「へえー、こりゃすごいや、実物のほうが上だね。こんなに綺麗だとは思わなかったよ。こりゃ告白しとかなきゃいけないかな」

 まじまじと見ながらつぶやいた。

 私は工藤の襟をつかんで、ぐっと引っ張って自分の顔へ近づけ、

「あら、なかなかいい男じゃない」

 品定めするような目つきで、ゆっくりと愛撫するように工藤の顔を眺めまわしてから、にっこりとほほ笑んでやり、

「でもダメね、あんたみたいなガリガリ、タイプじゃないの」

 瞬時に冷淡な顔へ切り替え、胸を軽く押して工藤を突き放した。

 教室内にどよめきがおこった。

 ひょろ長い工藤の体はふらふらと後退していったが倒れることはなく、ただ気持ち悪いほどニヤニヤした目つきが私をとらえていた。

 歓喜にわく女子たちに、けしかけられて、工藤はニヤニヤしながら私に話しかけてきたが、私は無視して席にむかった。

 そこへ興奮した山田が、

「メ、メアリー、やっと私に会いにき、て――」

 突撃してきたので、私は即座に床へ転がした。

 そのうえに足を置き、

「ホント、やんなっちゃうわ、こんな踏み心地の悪い絨毯。あたし、もっとかたいほうが好みなのよね」

 そう言って、気を失っている山田を軽く蹴ると、まわりは騒然となった。設定がどうの、裏の顔がどうの、と騒いでいるが私は気にせず席につき、足を組んで、ざわつく聴衆にむかってほほ笑んでやった。他人が勝手につくりあげた幻想をブチ壊すのはとても気分がよかった。

 担任の教師がやってきた。

「なにをやってるんだ。もう授業は、はじ……」

 私を目にして教師はかたまってしまった。

「え、えーと、どちらさまで……」

 仰々しく話しかけてきたので和ませようと私が、はぁーあぁーぃ、というように、にっこりとほほ笑みながらチラチラと手を振って、

「河合でぇーすぅ」

 と、挨拶をすると、教師は蒼白な顔をして、手にしていたものをばさりと落とした。

 やがて私は職員室へ連行された。

 そのどさくさにまぎれてなのか、それ以前なのかはわからないが、私が教室を出るときには、山田は山田救護班に運び去られていたようで、すでに姿がみえなかった。

 職員室にたどり着くと、その近くにある会議室のような個室に入れられた。

 このころになると私も平静を取り戻していて、

「大変なことをしてしまった……」

 と、内心で冷や汗をかいていた。

 我を忘れるとよくいうが、まさにそれだった。いったん、こうだ、と決め込むとまわりがよく見えなくなってしまう、この性格を私は疎ましく思った。

 連れてきた教師にかわって入ってきたのは、生活指導の中村という男性と、私の見たことのない朝倉という三十代くらいにみえるメガネをかけた女性の二人だった。中村は柔道好きで柔道部の顧問もしているくらいの熱血漢だという、うわさである。いかつい顔と体に私は内心かなりビクビクしていた。

「いやー、それにしても、見た目だけだと、とても男の子には見えませんな」

「ええ、本当に。どこからどう見ても可愛い女の子ですものねえ」

「まあ、これなら無理もないかな」

「そうですねえ」

 目の前の二人が和やかなムードで話しはじめたので、私はちょっと拍子抜けの感であった。

「河合くんだったね」

 中村はやや姿勢を正してから、

「キミがそういう格好をすることに、こちらは別にとやかく言うつもりはないが、だがね、制服を着るという規則は規則だから」

「はあ……」

「校内でそういう格好をされると、こちらも困るわけだ。わかってもらえるかな?」

「はあ……まあ」

 中村と朝倉がちらりと目を交し合った。

「うん。わかってもらえるとこちらもうれしい。それで、その……念のため、聞いておきたいのだが……」

 ここで中村の眼光がちょっと鋭くなった。

 私はごくりと息をのんだ。

「キミがそういう格好で登校するのは、自分の意思によるものかな? それとも、誰かというか、なにか……その、別の理由があるのかい?」

 私は返事に窮した。

 明確な理由などがあるわけではない。たんに反抗心から突発的にしてしまったというだけである。これが理由としてあげられなくもないが、はたしてそんなものが理解されるだろうか。ただの変態と思われたりしないだろうか。

 私はそれをおそれた。

 いっそのこと適当に返答しておいたほうがいいのではないだろうか。

 だが、なんとこたえたものか……性同一性障害ということにすればいいのだろうか。私にそんな大それたウソがつけるだろうか。言うまでもなく、そんな失礼なウソがつける私ではないのだ。では、たんに趣味ということならどうだろうか……それも、なにか心許ない感じだった。

 私はちょっとしたパニックになった。

 私の動揺を見透かしたかのように、

「どうなのかね?」

 中村の眼光が鋭さを増した。

 私は震え上がった。

 ヘタにこたえては見破られかねない。

 切羽詰ったすえに、私は中村が柔道家であることを思い出した。スポーツに従事するものなら青春の一事でなんとかならないものだろうか……。

 おもいきわめた私はそこに望みをかけてみた。

「……河合くん?」

 怪訝そうに中村が声をかけてきたのへ私はおもむろに口をひらいた。

「これが……」

「これが?」

「これが私の青春だからです!」

「は?」

「今ここで、こうしておかなければ、私の青春は死んでしまうのです!」

 ここでひるむわけにはいかなかった。

 私はやや威圧するような凄みをもたせた。

「……そ、そうか」

 中村は驚いたように目を見開いたまま、何度かうなずいた。

 うまく納得してもらえたようで、私もほっとした。

 ただ、驚き顔の中村と朝倉の二人が無言で語り合うように顔を見合わせている様子を見ていると、あまりに強く出過ぎたかもしれない、と臆病な自分が出てきて、

「もうしません」

 念のため、下手にでておいた。

 ようやく私は解放された。

 できるだけ処罰はしない方向ということで私もほっとした。

 朝倉の用意したジャージに着替え、メイクも落とし、

「放課後まで預かっておきます」

 という朝倉に女装用の服一式を渡した。彼女は一番上にのっていた下着を目にして、ひどく残念そうな顔をした。彼女の胸を見たが、そう悲観するほどでもないのにと私は不思議におもった。

 部屋を出て、ドアを閉めた際に、

「……じめではないようなので、ひとまずほっとしたが……」

「そうですねえ。相当、思いつめていたようでしたし……」

「うん、どうしたものか……」

「いっそのこと彼の、いや彼女の主張を……」

 話し合う声が聞こえた。

 私にはなんのことかわからなかった。気になりはしたが、立ち聞きするのもよくないので私はすぐにその場を離れた。

 なんだか知らないが気分はよかった。私の身内は新鮮な朝の空気がすみずみまでいきわたったようなみずみずしさで満たされ、まるで生まれ変わったような気がするほどの充実がそこにあった。

 私が教室へ戻ると、どよめきが起こった。

 授業中ということもあって、それはすぐにおさまった。

 私はまったく気にならなかった。以前のように悲観することもなかった。気力の充実というのが、外部から受けるもろもろの事柄をはねつけるようであった。

 休み時間に入ってもそれは変わらなかった。

 まわりは様子をうかがうようにしていて、近づいてくるのは工藤だけだった。

 話しかけてくる工藤を私は適当にあしらった。それは飽きることもなく教室を訪れる山田も同様である。

 以前のようにまわりが気になることはなくなったが、だんだんイライラしだした。それは夏場、耳元に蚊があらわれるのに似ていた。

 昼休みになると、私は数人の男子から告白された。

 その時点で私の心境はおだやかではなかったが、その男どもときたら、言い方はそれぞれ違っていたが、要約すると、

「好きだからつきあってほしい」

 というだけなのだが、それをいうのに、もじもじとひどく時間をかけるので、私はおもわず頭に血がのぼり、

「この軟弱者!」

 と、片っ端からひっぱたいて、フってやった。

 スッとした。

 だが、スッともできない事態になった。

 なぜだか私にひっぱたいてほしいという男子が後を絶たなくなった。それだけならまだいいのだが、いそいそと列に並ぶ女子の姿を見て私は愕然とした。

 彼女たちに聞いてみると、

「たたかれると邪念が吹っ飛んで、幸運になるんだって!」

 にこやかに語るのである。

 すぐに工藤の顔が浮かんだ。

 案の定、工藤だった。

 すでに歯止めのきかない状態にあった私は無言で工藤をひっぱたいた。

「へへっ、これで俺にも幸運がおとずれるぜ」

 生意気なことをぬかすので、

「貴様に幸福などくるかッ!」

 そのまま腕を返し、手の甲でもう一度ひっぱたいてやった。

 女子がうなるようなおたけびを発し、男子は黄色い声で色めきたった。

 私の高校生活は荒れに荒れた。

 数日後……。

 担任の教師が、

「よろこべ河合! 女子の制服を着てきてもいいそうだぞ!」

 と、私の肩をたたいた。

 どうやら女子の制服を着られないことへの抗議活動だと受け取られたようで、生徒会も巻き込んだりしてかなり大規模なものへと発展したらしく、生徒会が意見書を提出し、学校側がそれを許可し、双方が協力して事を運んでいくというかたちで一応の決着はついたようだ。

 私の知らないところで、そんなことがおこなわれていようとは、おもいもよらなかったが、それを一手に取りしきっていたのが生徒会長だという。かなりやり手の人物のようだし、認める学校のほうも寛容であると、私としても瞠目せざるをえなかったが、トイレは検討中だから申し訳ないが決まるまでは今までどおり男子トイレを使用してくれとか、そういうことではないのだ。

 このままではいけない……。

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