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僕は君のことが嫌いだ  作者: 相馬惣一郎
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第5話

 翌朝私は、望月さんに出会ったらどういうふうに話をしようかとドキドキしながら登校した。その日は会うことはなかった。どうも風邪で休んでいるらしい。ほっとした半面、苦い気持ちにもなった。あとに引きずるのはどうも好きではない。

 ラブレターを渡すのは放課後ということだった。

 そのときにあの女から手紙を受け取るという手筈だったので私はまだラブレターの現物を手にしていなかった。どうも実感がともなわない。なんだか手持ちぶさたでもある。私はふと山田実という男についてもう少し知っておいたほうがよいのではないかと思った。あの女のことだから今後どんなことを仕掛けてくるかわかったもんじゃない。ひょっとするとこの男からなにか弱みを見いだせるかもしれない。

 私は探りを入れてみることにした。

「工藤よ、キミは山田実という生徒を知っているか? ひとつ上の学年らしいのだが」

「山田実? ああ、あの王子様のことか」

(やはり知っていたか)

 私の目に狂いはなかった。

「なんだ、お前、あれに興味あんの?」

「あるわけないだろ」

 なんだかやけに、にやにやしているのが気にくわない。それに人のことを物のようにいうのも気に障った。私は冷ややかに工藤を見た。

「すごい人気らしいな」

「ああ、女子からキャーキャー言われてるよ。お前、羨ましいんじゃないか?」

「そうだな、一度そういうふうに言われてみるのも悪くないかもな」

 私の発言に工藤はひどく驚いたようだった。私とて男子だ。それくらいの夢をいだくことくらいはある。だが、万人の愛より私が欲するのはただ一人、小野寺さんの愛のみである。そんな考えの私が今のような発言をしたのだから工藤が驚くのも無理はないだろう。

「へえー、そうか」

 へらへら笑う工藤を無視して私は調査を続ける。

「恋人があるんだってな」

 私はかまをかけてみた。工藤の反応をみれば恋人の有無がわかると思ったのだが何を思ったのか、この男は気色の悪い笑みを浮かべて、人差し指で肩と胸の境目くらいをぐいっと押してきた。けっこう痛い。

「ずいぶん気にしてるじゃねえーか、おい」

 ぐいぐいと押す力が強まり、気色の悪い笑みがますますひどくなっていく。

(気でも狂ったのではないか、この男……)

 早く切り上げたほうがいいのかもしれない。

「そんなことはないさ」

「そうか? そうなのか? ははは、まあいい」

 肩をバンバンたたかれた。

 薄気味の悪い笑みは消え、今はからりとしている。

(この男の情緒は大丈夫なのか?)

 私は不安をおぼえた。

「でも、俺の聞いた話じゃ恋人はいないみたいだけどなあ、まあ、あれに――」

「ほう、そうか」

 私は思わず前のめりになった。あの女の言っていたことは嘘ではなかったのか。これでひとつ裏がとれたことになる。

 私はさらに質問をあびせかけようとしたのだが、この男がまた薄気味の悪い笑みを浮かべだしたので、それを引っ込めざるをえなかった。

「やっぱり、そうなんだな、ははは、ああ、そうか、そうか」

 また肩をバンバンされた。

 私はこの男との会話をあきらめることにした。

 山田実の性格などについて、もう少し聞きだしたかったのだが、こいつの今の状態では少し難しいだろう。私がみるかぎりでは健康そのものに思えたのだが、ひょっとするとあの女に振られたことをまだ引きずっているのかもしれない。そのせいで精神に支障をきたしているのだ。だからこんなおかしな言動をするのだろう。

 私はこの男を気の毒に思った。

「おいおい、すねるなよ、俺は笑わないから……って、おい!」

 私は無視して席についた。

 放課後、すぐにあの女との接触をはかった私は、ラブレターを受け取り、山田実の在籍するクラスを目指した。

 名が知れわたったといっても工藤やあの女のように全学年におよんでいるわけではない。せいぜい同学年までである。そんな私が上級学年という未開の地へと足を踏み入れるというのだ。やはり緊張する。

 私は彼のクラスの前で一度深呼吸をしてからなかをのぞきこんだ。

 教室の中ほどで女子生徒と談笑している山田実をみとめた。写真ではわからなかったが意外と背の高い男だった。さほど背が高いというわけではない私より頭ひとつ分くらいは大きい。その上背にすらりとした体形、整った顔立ち、会話の合間に動く指さえもどこか気品を感じさせる男だった。

 それらは工藤のいうように王子様と呼ぶにふさわしいものに思えた。

 私は、いきなり彼に話しかける勇気がなかったので近くにいた人に呼んでもらうことにした。

「すみません、山田実という人はいますか?」

 眼鏡をかけた女は私を上から下までなめるように見てから気になるような謎の笑いをしてみせた。そうしてすぐに体をねじって叫んだ。

「アルゥー、お客さん!」

 アル? 私は驚いて眼鏡の女を見つめてから、その視線の先を追った。山田実と目が合った。彼は爽やかに笑った。

「どなた?」

 彼に声をかけられた眼鏡の女はさあ、直接聞いてみたらとでもいうように肩をすくめた。

 私が自己紹介をして、

「山田実さんですか?」

 と確認すると、目の前の美男子が、

「私のことはアルバートと呼んでくれたまえ」

 とにっこり微笑んだので、私は即座にこの男はヤバい奴だと判断した。そしてこのナルシストを選ぶ、あの女のセンスを蔑んだ。この男に恋人がいないのは、この性格のせいであることを私は対面してみてはっきりと理解した。

 あの女はどうだか知らないが、私はこの男とかかわるのはごめんである。もちろんアルバートなどと呼ぶつもりもない。

「山田先輩、実は、二人きりで話したいことがあるんですが……」

 要求を受け入れない私の態度に、山田は横にいる眼鏡の女にむかって、やれやれという感じで肩をすくめてみせた。眼鏡の女は私と山田を見比べて、にやにやしている。おそらくこのアルバート問題はすでに初対面における定番となっているのだろう。

「少し待っていてくれ、私も帰るところだから」

 山田は戻ってさっきまで談笑していた女子生徒たちになにか話した。一瞬、息をのむような歓声があがってから私のほうへチラチラと好奇のまなざしが送られる。そして含み笑いだ。どうも気に入らない。ひょっとして私の顔になにか書いてあるのだろうか。

 私はあの女から受けたイタズラを思い出した。あれ以来、私は左手で鞄を持つことをやめてしまったので左は空いている。さりげなく左腕を確認してみたが、私をたたいてなどという文字はなかった。念のため右も確認してみたが、何もなかった。では、顔かとも思ったが、トイレに行ったときにはなにも書かれてはいなかったことを思い出した。

 自分が思っている以上に緊張しているのだろう。慣れない場所に来て慣れないことをしているので神経が高ぶっているのだ。おそらく彼女たちも下級生が訪ねてくるのをめずらしがっているだけだろう。私はそう結論づけた。

 帰り支度を終えた山田は女子生徒らに手を振り、

「じゃ、行こうか」

 と言って私の肩に手をかけた。興味深そうなまなざしをむけて見送る眼鏡の女を私は無視して歩きだした。

 意外なことに、先に行く山田は校門とは反対方向へと歩いていく。ずんずん歩いて、先にある渡り廊下まできて、その半ばでとまった。我々が着いたとき、生徒が一人通り過ぎただけで比較的ひっそりとしている。まったく人通りがないわけではないが、授業の終わったこの時間帯は通行人はほとんどなかった。

「ここでいいかな? それとも学校からでたほうがよかったかい?」

「いえ、ここでいいですよ」

「うん、そうだろう。やはりこういうのはこんな場所でさりげなくするほうが、趣があっていいからね、それとも校舎裏のほうがよかったかな?」

 どうも告白されることに気づいているようだった。

 手紙を渡して返事を聞けばいいだけの私としては、場所にこだわりはないので、曖昧に笑って肩をすくめることで問題ないことを伝えた。

「これを」

 私は手紙を渡し、

「ここで読んで返事をください」

 とあの女の指示通りにした。

 山田がラブレターを呼んでいる間、私は彼から少し離れたところの壁にもたれて窓の外をぼんやり眺めた。青い空の上には、その中にすっぽりと埋もれてしまえばぐっすりと眠れそうだなと思うくらいふわふわした雲が浮かんでいた。眠気を誘うように穏やかないい天気だった。

 山田のほうへ目を向けると、彼は一枚の写真を凝視していた。

 ほう、あの女、自分の長所を余すところなくアピールするつもりか、と私は感心した。

 それから山田は盗み見るように私のほうへ目をやっては写真を眺めるという行為を繰り返した。どうも見比べているようだった。食い入るような目つきをしている。双子と勘違いして、あまり似ていないのを不審に思っているのだろう。かかわりをもちたくなかった私はなにも話さずに、また空を眺めだした。

「うん、デートに応じる」

 デート? 驚いて横を向くと、鼻の穴が広がるほど、山田は興奮しきっていた。よほどあの女が気に入ったのだろう。あわれなほど美男子の顔がくずれている。写真をもつ手もかすかにふるえていた。

 下書きには、デートに誘うようなことを私は書かなかったので、あの女が追記でもしたのだろう。それか、さすがのあの女も気がとがめて清書のかもしれない。私にとってはどうでもよかった。

「わかりました。妹にそう伝えておきます」

 私がそう言うと山田はひどく驚いた顔をした。

 その顔に私も驚いたが、しばらくして彼は、

「……なるほど、そういう設定か」

 と謎の言葉を発した。

 私は内心で彼をあわれんだ。工藤といい、山田といい、この春の陽気ですっかり頭がおかしくなってしまったのかもしれない。目の前の山田は興奮した顔をますます興奮させて、にやにやと笑いはじめていた。もはや奇怪な化け物のようになっている。

 その場にとどまるのがもはや苦痛になっていた私は丁寧に別れを述べた。

「た、楽しみにしているぞ!」

 興奮して叫ぶ山田を残して、さっさとその場から離れた。

 家に帰った私は、山田がデートしたがっていたことをあの女に伝えた。もちろん山田の頭がちょっとおかしいなどということは伝えない。それはこの女が直接確かめればいいことだ。私の知ったことではない。

 私の報告を聞いたこの女は、

「……そう」

 と一言つぶやいたきりで驚くほど関心を示さなかった。きっと照れているに違いない。性格がねじれにねじれているこの女のことだ、よろこぶ姿を私に見られるのが癪なのだろう。

 それよりも私には画像データだ。

 私が要求するとこの女は素直にそれに応じた。あまりにあっさりしすぎる。前科があるので釈然としなかった私はこの女に一筆書かせることにした。もしまた画像データ見つかったら私にお年玉でもらった金額をそっくりそのまま渡すという法外なものだった。この女はそれにもあっさりと応じた。近寄りがたい不気味さがあったが、一応私はこの女を信用することにした。

 夕食をすまし、風呂にも入ってさっぱりとした私は、望月さんへの返事を書こうと机に向かっていた。

 するとまたあの女がノックもなしに入ってきた。

 私はこの女よりも自分に腹が立った。もう従う必要もないのになぜ鍵をかけておかなかったのか。内心で舌打ちした。

 だが、この女の様子のおかしさに私の苛立ちは吹き消されてしまった。

 この女は悄然とうなだれていた。

「ねえ、ちょっとお願いがあるの……」

 と、この女にしてはめずらしいほど小さく覇気のない声だった。今にも泣きだしてしまうんじゃないかという様子に私はのまれてしまった。

「どうしたんだ?」

「うん……」

 なかなか答えようとはしないので、私はうながすしかなかった。すでに追い返すような雰囲気ではなかった。

「まあ、そこに座れ、聞いてやる」

 ベッドの端に腰かけさせた。

「で、どういうことだ? 山田先輩の件か?」

 うつむいたままで小さくうなずいた。

「デートに応じてもらったんだろ? よかったじゃないか」

「うん、でも……」

 ひょっとすると山田の性格のおかしさに気づいたのだろうか。

「ちょっと怖くなっちゃって……」

 うーむ、やはりそうか。きっと誰かから聞いたのだろう。まさか、断ってくれとでもいうんじゃないだろうな。あの男とまた会うのはどうも気が引けた。

「あたし、デートとか、はじめてだし……それで怖くなっちゃって、だから……だから、その、お兄ちゃんに、一緒に行ってもらえないかなって、思って……」

 なにを言っているのだ、この女は……。

 この女も春の陽気で頭がどうかしてしまったのか? 一緒に行くとか論外だろ、それにデートがはじめてとか嘘だろうし、工藤の話では付き合っていた奴がいたのだろ?

 私はうなだれる女に白い目をむけた。

「一緒に行って、でね、それで……その、彼がどういう人なのか見極めてほしいな、って……」

 この女はここで顔をあげ、

「舞ちゃんも一緒なの……」

 ちょっと遠慮したように言った。声音とは対照的に、目は私の顔のうえにはりついたまま動かなかった。まばたきもしなかった。射るような、という感じではないが、どこか挑むというか、なにかを見極めようとするところがなくはなかった。漠然とした圧迫を感じるような、なんとなく不気味な感じだったが、そのことに気をとられたのはほんの一瞬で、小野寺さんの名前のほうに私の意識は集中した。

 なるほど、ダブルデートというやつか……では、彼女の私服姿が見られるな。

 疾風のような勢いでそこへ到達した私は、たちまち興奮した。

 さらにこの女は、いったん小野寺さんの家に行って準備をしてから出かけたいのだということを言いだした。

 家から着飾っていくのは恥ずかしいから、というよくわからない理由だった。どうも両親にデートだということを悟られるのが恥ずかしいようだった。だが、私にはそんなことはどうでもよかった。

 お、お、小野寺さんの部屋に入れる……。

 私の妄想は爆発した。

 可愛らしい部屋のなかでさまざまなポーズをとる小野寺さん。にっこりと笑いかけてくる、あの心やすまる笑顔。パノラマのようにせまってくる、あのむっちりとしたふくらはぎ。

 絶え間なくわきでる泉のように私の妄想はとまらなかった。けれども、それを表へ出すわけにはいかなかった。

 今の私はもうこの女に従う義理はない。本来であれば、勝手にしろとつっぱねるところである。だが、小野寺さんと過ごす一日は何事にも変えがたい。幸いにして、頼まれごとをされている私は優位な立場にいる。それを利用しない手はない。

 私は少し考えるふうに部屋のなかを見回し、思案の結果、しょうがないから引き受けてやろうか、とやや高圧的な態度をとった。

「まあ、いいだろう」

「ほんと?」

「ああ」

 女の顔に視線を戻すと、なんだか妙に平坦な感じだった。感情が欠落したような変な顔だった。さっきまで私のうえに、はりついていた不気味な感じを思い出してみたが、なにか変わっているようでありながら、なにが変わっているのか、まったく見当もつかなかった。ひょっとするとなにも変わっていないのかもしれないが、とにかくどこか妙だった。

 変な女だ。

 私はそんな些細なことはすぐに忘れ、小野寺さんへと立ち返った。

「じゃ、よろしくね」

 女は部屋から出ていった。

 私の妄想はいよいよ盛んになった。

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