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僕は君のことが嫌いだ  作者: 相馬惣一郎
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第19話

 翌朝、あの女は意外に元気だった。

 つるしてあった袋はなくなっていた。

 晩のうちに袋はとっておき、起きてから食べたらしい。

 目元のはれもだいぶ引いていて、だるそうにしていれば、まあ、さほど気にならないかな、という程度だった。唇のほうは切れたのが内側だったのか、まったくわからなかった。

 これなら大丈夫だと私は思ったが、この女はちょっと不安だったようで、初音さんと朝食を食べることを嫌った。なので、寝過ごしたことにし、数分洗面所を占拠しただけで家を飛び出し、先に出た私と落ち合ったのだ。

「変なにおいしない?」

 風呂に入っていないことをしきりに気にしていた。

 においをかいでみたが、変なにおいなどしなかった。それより昨日もかいでいたはずなのになぜだか懐かしい感じがした。

「別に変な……」

 と言いかけて、

「……いや、これはひどいにおいだ。生ゴミみたいだ。鼻が曲がる。これはなにかの病気かもしれないぞ」

 真面目くさって言いなおすと、すねを蹴られた。

 いつもと変わらない反応に私はほっとした。

 だが、工藤からの連絡でこの気分も吹っ飛んでしまった。

 目を覆いたくなるような内容の噂が広まっているというのである。

 即座にデマを流した人間の顔が思い浮かんだ。

 女に暴行を加えておいて、さらにまたおとしめる行為をするなど言語道断。私はその卑劣な行為に腹が煮えくりかえるほどの怒りを覚えた。

 あまりに形相が凄まじかったせいか、そっと私の腕に触れ、不安そうな顔をむけてきた。それで少し冷静になったが、この女がデマをすでに知っているとわかると私の怒りは爆発寸前のところまでいった。

 だが、つとめて自分を抑え、

「大丈夫だ」

 と、そっと女の手を離した。

 私は血に飢えた狂った獣のような心境で門をくぐった。

 だが、教室につくとすでに事は解決していた。

 私はぼうぜんとするしかなかった。

 しかもそれを解決したのが、意外にも山田だったのである。

 彼の傍らにいる斎藤なんとかとかいう男は、なぜだか妙におどおどして落ち着きがなかった。山田にうながされて、その男は皆の前で、振られた腹いせにあんなデマを言いふらしたのだと説明し、最後にあの女の前にきて謝罪した。

 それにより、

「なんだよ、人騒がせな」

 と、あきれた空気になって日常が戻った。

 私は山田を見直さないわけにはいかなかった。

「ありがとうございます。山田先輩」

「なに、キミの妹が困っているのを見過ごせないからね。まあ、たとえキミの妹でなくてもあのような卑劣な行為を見過ごすなんてことは、私にはできないよ」

 私はこの言葉に感激した。

 同志をえたようにさえ思えた。

「でも、いったいどうやったんです? あの男、人に頭を下げるような人間には見えませんけど」

「別にたいしたことではないさ。私はあれの幼少期を知っていてね。人に知られたくないようなことをいくつか知っているというだけのことさ」

(……なるほど)

 他愛のないことだが、あの男の態度からすると効果は絶大のようだ。よほど知られては困ることらしい。私はそれとなく聞いてみたが、それは誰にも言わない約束だから、ときっぱりと断られてしまった。

 その男らしさに、私は山田の評価をあげざるをえなかった。

 山田を見直す一方で、私はその秘密の内容を知りたい、と頭のなかでいろいろな空想をめぐらしてみて、ふとひとつのことに思い当たった。

 ひょっとすると、山田の性癖に関係があるのではないだろうか。

(あの男がひょんなことから女装したことにより、山田のなにかが目覚めてみだらな行為へと発展し……)

 まさかとは思ったが、念のためカマをかけてみることにした。

「まさか、あの男、女装して先輩と変なことでもしたんじゃないでしょうね?」

 コンマ数秒というくらいわずかな時間だったが、空間を削り取ったような奇妙な間があった。

「そんなことあるわけがないじゃないか、キミ、それは妄想が過ぎるよ、ははは」

「そうですよね、ははは」

 取り繕った笑みを浮かべながら私は確信した。

 それにしても、あの男はよく山田と同じ高校へ進学したものだな。

(普通なら逃げそうなものだが……)

 そうか、山田か……あの男を忘れられずに追いかけてきたのか、それとも、過去のことをネタに、あの男をおもちゃにしてなぶっているのか……。

 そんな目であらためて山田をみてみると、すました笑みをみせるこの男のことがひどく不気味な存在に思えてきた。

 私はそろそろ切り上げるころ合いだと思った。

「今日は本当にありがとうございました。本当にお礼のしようもありません。もし先輩が困ったことになったら、いつでもボクを頼ってください。ボクにできることならなんなりと先輩の力になるつもりですから――」

「なに!」

 突然、ものすごい形相でにらみつけられたので、私は一瞬あっけにとられた。

 そのあと、なにか失言があっただろうかと焦った。

 もしかすると、恩を売るためにそんなことをしたわけじゃないと彼の持つ正義感が顔をのぞかせたのかもしれない。

 そんなつもりで言ったわけではないと謝ろうとしたが、目元のあたりをヒクヒクとさせた山田は、なにかぶつぶつと言ったかと思うと猛然と走り去ってしまった。

(そんなに気分を害したのだろうか……)

 気になった私は山田のクラスをたずねたが、

「なんかあわててどこかへ行ったわよ」

 と、メガネの女、畑中生徒会長に言われた。なんだか知らないが放課後には帰ってくるらしい。授業をサボってどこへ行ったのかは知らないが、このままなのは私としても心地よくないので、放課後にまた山田をたずねた。

 今度は山田がいた。

 いつもより山田は緊張しているようだったので、私も身構えた。

 山田が人払いをしたため、私は山田と二人きりで向かいあった。

「……これを」

 いきなり抱えていた袋を突き出したので私はあわてて、

「そ、そんなもの受け取れませんよ。お礼をしなきゃいけないのはこっちのほうなのに……」

 固辞したのだが、山田がどうしてもと譲らないので私はしかたなくそれを受け取った。

 ジャラジャラと金属的な音がしたので不審に思い、袋のなかをのぞくと、私の口から思わずため息がもれた。

(……やはり山田は山田だ)

 私は落胆した。

 入っていたのはどうみてもポリスの制服だった。しかもこの生地の量からするとおそらくミニスカだろう。

 冷めた目をむけると、興奮で鼻の穴を広げた山田が、

「そ、それを着て私を逮捕してくれ!」

 と、わけのわからないことを言いだしたので、私は今回の件の礼を丁重に述べたあと、窓を開けて、一度深呼吸をしたあと、外に人がいないことを確認してから、思い切りそれを放り投げた。

「な、なにをするんだ! 力になるといったじゃないか! せっかく授業を抜け出して買いに行ったというのに、しかも安物じゃないぞ、ちゃんとしたやつだ、手じょ――」

 と、なにやらわめく声を背に受けながら、私はさっさとその場をあとにした。

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