初戦は敵との共闘?!
困ったな……リリアンは分からないが、俺以外全員驚異的な視力を持っている。だからこんな暗闇でも難なく歩けるんだろうけど、俺は違う。さっきから躓いたりぶつかったりを繰り返している。
目が悪い人の気持ちが今よく分かった。いや、この時代で言ったら、俺は底辺レベルで視力が低いのかもしれない。
「イオリ、大丈夫でござるか? さっきから危なっかしいでござるよ」
いつもなら、フルルにだけは言われたくない台詞だが、今回ばかりは何も言い返せない。きっと国全体が驚異的な視力を持ち合わせている事前提で作られているに違いない。バリアフリーじゃなさすぎる。
「無理もない、イオリは目が悪いのじゃ」
白露さんは悪びれる様子もなくピシャリと放った。俺の目が悪いのか? 俺からしたら皆の方が異常なんだが……。白露さんの無意識から出る超毒舌はたまに俺の心を深く抉ってくる。それはゼルさんが一番分かっている事か……
「今回のクエスト内容は奪われた財宝を取り返す。もしかして同一犯とかじゃねーのか?」
「それは有難い、私達の荷物を荒らした報復もクエストも同時にできる」
二人は戦う気満々みたいだ。まぁ、相手は盗賊。ゼルさんの推理も強ち間違いじゃない可能性も大いにある。
こちらとしてもパパッと強くなりたい。無駄な戦闘や時間は割きたくない。
というか戦闘になったとして、こんな暗闇で戦えるのか?最悪俺が使えなくてもルシファーが……いや、そもそもあいつは戦ってくれるか? 一筋の光すらない。
また俺は一人役に立てないままなのか?
「……目の前、光った」
突然リリアンは小さな声で呟いた。だが勿論俺には見えない。あぁ、やっぱりこの子も驚異的に視力が高いのか。
「リリアンは目がいいでござるねー! フルルには見えないでござるよー……」
一応獣混じりのフルルよりも視力が高いとは驚きだ。
そんな呑気な事を考えている暇もなく、俺でも目視できるくらいの前方で大きな爆発が起こる。俺の足元も少しひび割れる程の威力だ。
「催涙ガス……フルル気を付けて」
相変わらず先程と同じくらいのトーンで淡々と述べるリリアン。
え、俺は無視かよ! 嫌われてるどころじゃねぇ、存在すら無いものにされている。
「皆! 無事か!」
白露さんとゼルさんが此方へ駆け寄ってきた。白露さんは右手に弓を握っている。
「……これを外しておったら今頃頭ごと吹き飛んでいたじゃろう。にしても……ただの盗賊ではなさそうじゃ」
「それに、アイツらディアーブルの差し金かもな、城の方に向かって逃げやがった」
ディアーブル、もしかしてアイツが……? 可能性は十分にありえる。学校でのアイツは表の顔だったみたいだ。この前見たあの悪に染まった冷酷非道な表情。あれがアイツの裏の顔だ。
クソ……また俺の邪魔をしやがって……本当に性格の悪い奴だ。
「またディアーブルに乗り込むんですか?」
「いや……待て、何かが此方に向かってくるぞ」
こんな暗闇に包まれた森の中でよくそんな事が分かるものだ。いや、耳を澄ましてみれば聞こえる……カラカラと鳴る馬車に似た音……
「大きい馬車でござるね……もしかしたらさっきの盗賊でござるか?」
フルルがそう告げると、白露さんは弓を構えた。こんな目視できない距離、しかも暗闇で障害物の多い森。当たる物なのか?
「ーー睡眠効果を付与……ハッ!」
白露さんは勢いよく弓を放つ。どこか遠くで馬の鳴く声が聞こえたような気がした。きっとクリーンヒットしたのだろう。それを聞いた白露さんは得意げに鼻で笑ってみせた。
「でかした! よし! 行くぞ!!」
ゼルさんのその言葉と同時に皆は走り出す。いつもは眠そうなリリアンもそれなりの速さで付いてきてる。徐々に目が覚めてきたのか。
とはいえ驚異的な視力を持たないと見えない距離。五分ほど全力で走り続けると、少しずつ大きくなる物体。それは馬車だとハッキリ分かるには、更に少し時間がかかった。
「これは……ディアーブルの紋章じゃ。どちらにせよ進むぞ!」
そして俺以外は更に高いレベルの物が見え始めたようだ。まだボヤッと馬車がいるなーくらいしか分からないというのに紋章だなんて分かるはずがない。
目を細めて馬車と睨めっこをしていると、頬を何やら冷たいものが掠めた。反射的に頬に触れると濡れている……雨か?
「イオリッ!!! すごい量の血が出てるでござる!!!」
フルルの悲鳴にも似た叫び声に驚く。血? なんで俺の頬から? さっきの冷たい何かは一体……
そしてゼルさんは突然剣を取り出し振りかざす。俺だけ何が起こっているのか理解できていないようだ。
途端にパサッという何かが落ちる音。拾い上げて俺に見せてきた。……矢だ。ということは、きっと俺の頬を掠めたのも矢だろう。それだと冷たい鉄の感触と血。全て理解出来る。
「わざと頬に当てて来たのか……それとも外したのか。前者なら相当な弓の使い手じゃぞ……」
もしそれが本当にわざとなら、相手も驚異的な視力を持っている事が確定する。更に俺にとっては不利な状況になってしまう。
周りどころか足元さえもまともに見えないこの状況でアイツと会うとして……どうやって倒すんだ? 更に追い討ちをかけるとルシファーも使い物にならない。
ゼルさんや白露さんが倒すんじゃ意味ない、俺がアイツを倒さなきゃ意味がないんだ。
「うん、合格だね」
突然暗闇から聞こえてくる楽しそうに遊ぶ男の子のような声。俺の真上の木からひょこっと顔を出す。
「貴様……何者じゃ!」
「怖いなぁ、そんなに怒らないでよおねぇさん」
焦ったように振り返る白露さんを全く怖がる様子もなくその男の子はケラケラと笑う。暗すぎて容姿どころか、どんな表情をしているのかすら分からない。
「でもごめんね? おねぇさん達と遊ぶのは今じゃないんだ。じゃあね! ……あ、ほっぺたに当てちゃってごめんね」
「お前!!! 何者なんだ!」
ゼルさんの問いかけに答える事なく、ガサガサという音と共に、辺りは静まり返った。
俺……目を付けられてた? 十歳くらいの声だった。そんな子供に頬を撃ち抜かれた……屈辱だ。
いずれにせよ、まだそんな遠くには逃げていないはず……だけどどっちに行ったのかも分からなければ暗くてよく見えない。
いや、これは挑発かもしれない。敵の有利な場所に誘導されるのでは……?
どれだけ策を練っても、こればかりはじゃんけんと同じで運。どうしようもないか……
「とりあえず進むぞ、戦いになるかもしれないから心の準備しておけよ?」
ゼルさんは真剣な顔で告げる。これが俺のデビュー戦……相手は子供。可哀想だが俺の経験値になってもらうぜ。
とは言え、冷静に考えてみたら弓が届く距離……昼間だったら俺でも見える距離に敵はいたはず。そこから俺の頭上の木に移動して来て、消えた。何とも不思議な話だ。いずれにせよ、まだそんなに遠くまで逃げていないだろうし、白露さんの矢は相手の馬車にクリーンヒットした。きっとそこで足止めを食らっているに違いない。だったら今のうちに仕返しをしに行かないとな……
「やっぱり……あれはイオリを殺した姫でござるね」
「……そのようじゃな。やはり奴らの差し金だったか」
あの子供はアイツの差し金……あんな小さなガキを使ってまで俺を殺そうとするなんて……一体俺がアイツに何をしたっていうんだ、滅多にどころか一言も会話を交わした事すらなかったのに。更には目もあった事ない。そんな全く関わりの無かった俺がどうして何度も殺されないといけないんだ。
走り続けるにつれて次第に大きくなる人影。やっぱりアイツだ。それ以外にもアイツよりもはるかに大きい影と対比して小さい影。アイツ以外に二人いる、小さい方はさっきのガキだろうな。生憎月には雲が掛かっていて更に視界が不自由になる。
「ごきげんよう、よくも我が国の馬車を攻撃してくれましたわね?」
濃くて深い闇から聞こえてくる少し怒りを帯びた声に、俺は嫌悪した。聞く度に込み上げてくる、どうしようもない苛立ちと強い憎しみ。ああ、コイツの顔を見たら更に酷くなるんだろうな。
「貴様らか、私達の荷物を盗んだのは」
「さぁ、何の事かしら」
とぼけた様に淡々と言葉を吐く姿に一層苛立ちは増していく。コイツ……どこまでも俺の事を馬鹿にしてやがる。
「俺たちも無駄な戦いはしたくねぇ、早く返してもらえないか? あれがないとクエストに行けねぇんだ」
ゼルさんはイライラを必死で抑えたようなトーンで問いかけた。それでもコイツはだんまりを決め込んでいる。どうやら喧嘩を売られているみたいだな。だが、フルルもリリアンもあまり戦いには乗り気ではなさそうだ。フルルは楽観平和主義者を擬人化したような性格だし、リリアンは興味無さそうというか、いつも通り眠たそうな顔をしている。白露さんもゼルさんも、素直に返してくれれば攻撃はしないというような感じで、やる気満々なのは俺だけのようだ。
「クエストに行く為の荷物、まあ、生活用品という事かしら。それをディア―ブルの姫のわたしが盗む? 馬鹿げた憶測で突っかかってくるのも迷惑な話よ?」
先程のふざけたような声とは違い、イライラしたように話し出す。認めたくはないが、冷静になって考えてみたら確かに一理ある。俺がいると知って足止めしたかったという理由もあるだろうがな。
「イオリを狙っていたのでござるか?」
そしてここでやっとフルルは口を開く。俺の一番引っかかっていた事を聞いてくれた。それを聞いてか、矢神は大きな溜息をついた。
「もしそうだったなら、セレモニーの時にでも殺しているわよ。……ちなみに、わたし達も大切な物を盗まれたの。きっと同一犯だと思うわ」
矢神の言葉と同時に明るくなる視界。空を見上げると、空を埋め尽くすように大きな雲から月が出てきていた。視線を戻すとやはり矢神の両端に二人。
片方はさっきのガキだろう。声通り十歳くらいの身長と顔。金髪に近いアッシュベージュの髪を後ろで一つに結んでいる。そのガーネットの様な暗い深紅の瞳は真っ直ぐと俺を見ている。
もう一方は初めて見る長身の男……。ガキと同じ色の髪を更に高い位置で結んでいる。その髪は短いからか、あまり違和感はない、ワックスで髪をふんわりと上げた様な感じだ。やはりそのタイガーアイのような目も俺を睨んでいる。
暫く二人に睨まれ、無言の時間が続いた。何か考え込んでいるのか、それとも戦うムードなのか。
直感だが、この長身の男とだけは戦いたくない。興味深そうに俺を見続けるガキとは違って、この男は睨みつけるように俺の事を見ている、というかこれはもう睨まれてるな。コイツは強い、オーラが物語っている。
「……だったら今回だけ手を組まないか? 両者ともこんな事で時間を使いたくないだろ?」
静かに呟いたゼルさんと、その言葉に頷き始める白露さん。もちろん俺は大反対だ。
フルルも考え込んでるようで、リリアンは相変わらずウトウトしている。最初から分かっていたがこの中で好戦的なのって俺だけなのか……ゼルさんって戦いが好きそうに見えて意外と冷静だ。白露さんは見ての通り怖いほど冷静、あとの二人はお察しだ。
「分かったわ今回だけね? ルプス、リンクス。戦いの準備をなさい」
「はっ、畏まりました、姫」
最後に再び俺の事を睨むと、両サイドにいた二人は馬車の荷台に回った。一々気に障る奴だ。こんな奴らと一緒に戦えるのか……? 俺はこいつ等を倒すつもりでいたのに。
俺は自分の心に必死に言い聞かせ、落ち着こうと頑張る。そんな俺を心配そうに見つめるフルル。きっと俺の心境に気付いていながら、言わないでいてくれているのだろう。
「大丈夫だ……」
「イオリ……無理は禁物でござるよ」
フルルは不安を隠すかのように微笑んだ。ゼルさんも白露さんもあまりピンとこないのか、「本当に大丈夫なのか」と言いたげな顔をしている。それは一番俺が聞きたい言葉でもあった。大丈夫だと何度言い聞かせても鼓動の速さは下がらない。汗も止まらない。こんな状況で戦闘なんて……せっかくのデビュー戦なのにどうしてこんな事になってしまったのだろう。
「おねえちゃん、準備完了だよ」
さっきのガキがひょいと馬車の荷台から顔を出した。そしてリュックを背負って降りてくる。その後に続いて長身男も降りてきた。一方こちらは片手に刀を持っているだけだ。
「さて、行きましょうか」
矢神のため息交じりの言葉で矢神と家来二人は歩き出す。それに続いて俺たちも歩き出した。早く盗賊を見つけて、こんな状況を作ってくれた分もお返ししなきゃな。
「だったら二手に分かれないといけない訳だが……」
ゼルさんは静かに呟いて立ち止まり、チラッとこちらを見る。俺の顔色を伺っているようだ。そうだよな、ここには俺を殺した女とその仲間達が居るんだもんな。例えどう振り分けても俺の不快感は拭えないだろう。そして全員立ち止まりゼルさんの方を向く。
俺を殺した女、俺の頬を撃ち抜こうとしたガキ、必要以上に俺を睨む長身男……どいつと組まされても不快だ。
「俺らは俺ら、こいつらはこいつらで行動するのじゃダメなんですか?」
「俺らはお互いを信用してねぇからな? こいつらが荷物を見つけたとして俺らに知らせてくれるとは思えない。そもそも連絡手段がねぇだろ?」
ゼルさんの言葉に何も返せなくなった。確かにその通りだ。こいつらを見張ってないと何をやらかすか分からない。
こいつらと行動するのは免れないのか……。落ち着け、俺。これは試練だ。これを乗り越えたらきっと強くなれる……我慢だ。
「そういやまだ名乗ってなかったな、俺はゼルだ。隣にいるのが女房の白露」
「ええ、噂は聞いているわ。アンジュ一の騎士でしょう? だったらこちらもディア―ブル一の騎士を紹介するわ。……ルプス」
矢神が呼びかけると、長身男がゼルさんの目の前に移動する。こっちがルプスか。
「サリー様の第一家来、四大悪魔のパイモンを司る。ルプスだ」
長身男はそう告げると皆の反応も待たずに矢神の隣に戻って行った。そんな長身男を見て矢神は申し訳なさそうな表情を見せた。
「ごめんなさい、この子はぶっきらぼうなの。貴方とは正反対ね」
そう言ってクスクスと笑うが、当然この中の誰一人お互いをよく思っていない。自己紹介なんてして慣れ合ってどうするんだ。次ぎ合う時は殺し合うかもしれないのに。それに俺はこの状況で殺されないか、気が気じゃない。