手にしたのは最強の精霊と謎のアイテム
「まずは先生に会いに行くでござるね。先生は未来の事を研究してるからきっとイオリの役に立つでござるよ!」
るんるんと陽気に話すフルルに反して、俺は不安で一杯だった。変な実験に巻き込まれるんじゃないか、質問攻めに遭うのではないか……“研究が大好きな先生”と聞いて良い気がする奴なんて居やしない。フルルは他人事だからそんなに呑気でいられるに違いない。
「イオリ、案内しよう」
そう言って俺の心境などお構いなしに歩き出す白露さんをとぼとぼと追った。フルルはスキップしながら俺を追い越した。まったく……お気楽な奴。
一直線に伸びた廊下をしばらく進み角を曲がる。そこにあったのは窓ガラスの付いたドア。中には人体模型が置いてあったり、この時代の虫? やら花らしきものが標本として飾られていた。
――そして何やら怪しげな紫色をした煙を放つ液体が机の上に……
「……行かなきゃダメか?」
「もちろんでござる! フルルも一緒に入るから安心するであります!」
まだ白露さんが一緒に来てくれた方が心強い、なんて口が裂けても言えない。だからどうか……白露さんが共に……!
「ならば頼んだ。私はゼルと合流して王子に報告する事にしよう」
現実はいつも残酷だ……。もし俺がこの人体模型のように人体実験に使われてもフルルなら笑って楽しむだけで助けてはくれないだろう。そうなったら魔法云々よりも先に殺されてしまう。
「せんせーーーーー!! たのもーーーーーっ!」
そんな俺の極限状態の不安を無視し、フルルは勢いよく扉を開いた。その勢いの良さで壁に掛けてあった標本がいくつか落下する音が聴こえた。
「フルルちゃん、ダメでしょ? そんなに強く開いたら……お仕置きよ?」
影から現れたのは、白衣に身を包んだ女性。
サラサラと長く伸びた黒髪に、少したれ気味で切れ長の紅玉みたいな瞳……その瞳の下には涙黒子。それがより一層色気を感じさせていた。
「すみませんでござる……」
「もう……困った子ね。――あら、新入りさん?」
突如その女性は俺の方に顔を向けた。闇医者のような風貌を予想していただけあって、驚きが尋常じゃない。こんなに大人っぽくてセクシーな先生だったなんて……
「俺は柊 威織です。……未来から来ました」
俺の放った言葉に動揺したのか、女性の視線は一瞬揺らいだ。……が、案外あっけなくリアクションはそれだけだ。
「そうなのね。やっぱり未来ではタイムスリップが可能になっていたという事かしら」
女性はそう呟くと、異様な速さでパソコンの様なもの、現代で言うキーボードであろう部分を叩き始める。数十秒経つと、呆気にとられている俺に向かって「それだけ? もっとあるでしょ」と言わんばかりの視線を送ってきた。
「残念な事に未来……少なくとも俺がいた時代ではタイムスリップは不可能です。だから俺はどうしてこの時代に飛ばされたのか知りたいんです」
「いいわねぇ……そういうオカルト話は好きよ? 貴方、もしかして死んだ?」
一言も話していないのに核心を突かれ、俺は固まる。やっぱりこの人何か知っている……。もしかしたら元の時代に戻れるかもしれない!
「はい、どうしてそれを……!」
「……やっぱり。それは輪廻転生のようなもの。今の貴方は貴方であり貴方ではない……器でしかないの」
……?言っていることがさっぱり分からない。輪廻転生? 俺は俺であり俺じゃない? 何を言っているんだ。
「俺は不死身という事ですか?」
「違うわね、正確には全部で五回までなら生まれ変われる。これは神に等しい存在の親族にのみ言える事……貴方がまさに“それ”なのよ」
俺が神に等しい存在の親族? 俺が幼い頃、ばーちゃんは死んだ。それが正しいのであれば生き返っているのか? そんなのありえる訳……
「俺の家族が特別って事ですか」
「それは分からないわ。貴方は輪廻転生が上手く出来ずにこの時代に自分の体のまま迷い込んでしまった……何らかの理由でね。これはオカルトの様なもので確信は無いわよ? だってこんな事例今まで直面したことがないもの」
俺は失敗例って事か……。待てよ? じゃあ矢神は? アイツは一体何なんだ。何でこの時代にいる? しかも姫として馴染んでいるのは何故だ……
「ディア―ブルの姫は俺を殺したクラスメイトなんです。アイツも俺と同じ時代の人間です! なのにどうして……」
「クラスメイト? というのはよく分からないけれど、その子が黒幕だって可能性は大きいわ。貴方が輪廻転生できるのを知っていて、わざとこの時代に引き寄せたのよ……きっとそうだわ」
やっぱり意図的に俺を殺してこの時代に俺を飛ばしたのか。じゃあ何の為に? 矢神のさっきの言動を思い返しても、やっぱり矛盾している。俺をまた殺すのが目的なら、あの時穏便に済ませたのも謎だ。
「……ところでイオリ! 先生に魔法を教えてもらうんじゃなかったでござるか?」
「魔法? この子に魔力あるの?!」
すっかり話を聞き入ってしまっていて忘れていた。そうだ、魔法を使えるようになってあの極悪魔姫を討伐してやるんだった。
「精霊魔法を使いたいんです、教えてください!」
「そんなの簡単よ。まず魔力を集めなさい、感情を無にするの……」
俺は先生の声に合わせて目を閉じ、無駄な感情を取り払った。すると先生の声がだんだんと遠くなり、次第に消えていた。
――聞こえるのは窓から入ってくる風の音だけ……
それと同時に脳内に浮かび上がってくる呪文。全く聞き覚えも無いどこで覚えたのかも分からない呪文だ。そんな細かいことを考えることもせず、それに頼る事にした。
『我の魔力に値する精霊……汝、我の元に姿を現せ!』
……謎の呪文を唱えてみたは良いものの、全く手ごたえがない。それどころか何も起こらない。正しい呪文を見つけるところから始めないといけないのか……
「……リ……! イオリ……っ!!!」
強烈な頭の痛みと共に突如明るくなる視界……。
「いた……っ?! ――……まぶしっ!!」
反射的に目を閉じて、再び目を開くと、目の前にはフルルの顔……と拳。まさか、俺殴られた?!
「まったく……世話が焼けるでござる」
「召喚は?! ……失敗か」
俺はフルルに怒る事もせず、ぐったりと俯いた。悔しい感情もあるが、魔力が減ったのだろうか、何だか体がだるい。
「もう、ちゃんと見なさい? ここにいるでしょう」
先生によって背中を押され、俺の元に倒れ込んできたのは……精霊とはかけ離れすぎている、所謂THE・ニート!! というような女だった。
金色の長い髪はボッサボサ。眠そうに目を擦り、大口を開けて欠伸。服はいかにも千円以下で入手しました! というようなヨレヨレしわくちゃの部屋着。
……コイツ、何しに来た?
「貴様か、我を呼んだのは」
突然血眼で俺を睨みつける女。その眼に少しだけビビった。
「はい……貴女は?」
その問いかけに更に怒りを感じたのか、拳を握りしめて片方の手で俺の胸ぐらを掴んできた。
「我は堕天使ルシファー、最強の悪魔ぞ!!!!! 貴様、無礼にも程がある!」
これがあの有名な堕天使ルシファー?! どう見てもニートだろ?! 流石にこの状況では口に出せない。心の中で激しくツッコミたい衝動を抑えた。
「待ってください! 何でこんな恰好を?!」
「めんどくさいからだ」
「……寝てたでござるか?」
「当たり前だ、一日二十時間は寝るのが決まりであるからな」
完璧ニートじゃねぇか。
なーにが最強の悪魔堕天使ルシファーだ、ただの税金泥棒だろ? こんなのの為に俺は無駄に魔力を消費したのか、ああ、なんて事だ……
「堕天使ルシファー……昔は強かったんだけどねぇ? 最強最強言われてたのは何十年も前の話みたいよ?」
「何だと小娘! 殺されたいのか?」
「まあまあ、そんなお顔真っ赤にしないの」
先生とルシファーは睨み合ている。どうやらかなり相性が悪いというか仲が悪いというか……
まあ、このニートとは金輪際関わる事は無さそうだがな。
「まあ、また機会があったらお会いしましょう、さようならルシファーさん」
俺はそう言って手をひらひらと振ってみせた。だが、俺以外の全員は信じられないとでも言うような目で俺を見てきた。
「イオリ……契約を交わした精霊とは死ぬまで離れられないでござるよ……」
フルルが恐る恐る放った一言に俺は絶望した。
何で俺がこんなニート堕天使と生涯を共にしないといけないんだ……おかしい、おかしすぎる!!
「ああああああああ!」
何てことだ……俺の初めての精霊がこのニートだなんて信じられない。いや、信じられるか!
「まあまあ、更正させればいいんじゃないのー?」
先生は簡単そうに言ってみせた。ニートを更正させるのがどれだけ大変な事か分かってないようだな。その結果が元の時代だな。世の中はニートで溢れかえってる。その割にはニートに厳しい。今確信した、こうやって簡単に考えて放っておいた結果、どんどん増えてったんだろうな。
「ルシファーさん!」
突然名前を呼ばれ驚いたのか、体がピクリと動いて、こちらを振り返った。やはりその眼はこちらを睨んでいる。
「なんだ、小僧」
「俺は先生みたいに優しくありませんからね? ニート脱却作戦に協力してもらいます」
「馬鹿言うな、我は睡眠で忙しい! それなりの報酬がないと動かぬぞ!」
……っ! こいつ! 自分の歪みに歪んだ生活習慣を直してやろうって言ってんのに報酬まで要求してくるとは……
「ルシルシさん! ずっと引きこもりのままでいいんでござるか?!」
フルルは謎のあだ名でかなり心にくる辛辣な言葉を大声で吐いた。これはかつて最強と言われていたルシファーには大きなダメージだろう。
「この小娘! 今何と言った!! 我が引きこもりだと?!」
毎度思うが、威勢だけは人一倍強い。体が怯むほどのオーラも出せる。矯正できればこっちのものだと思うが、やる気スイッチを押すまでが大変そうだ。
にしてもどうしてこいつはニートになったんだ? 最強時代があったのなら尚更不思議でならない。
ーー更生させないと俺は矢神と戦えない……
「イオリ! クエストに行くでござる!」
何を思ったのか、唐突にフルルは声を上げ俺の肩を叩いた。というか……クエスト? RPGのようで何だか現実味がない。そもそもどういう仕組みなのかも分からない。
「クエストっていうのはね、困っている人たちを助ける……所謂討伐系の依頼に向かうの。その最中の戦いできっと魔法に関するヒントが見つけられると思うわ」
先生はボードに図を描きながら説明してくれた。その図によると、お金だけでなく武器やらの報酬も貰える、本当にRPGの様な仕組みだった。
「そうだ、クエストに行くのならば必要になるわね。とっておきの物をあげるわ」
何か閃いたのか、手を叩いて机の中を漁り始めた。怪しい薬とかじゃなければいいが……。この時代の事を教えてもらえたり、一先ず魔法が使えるようになったのはこの先生のおかげではあるが、研究者としての腕はまだ信用できていない。今の薬でさえ苦くて嫌いなのに、過去の薬品だなんて絶対に飲めるわけがない。
そんな俺の不安とは裏腹に、先生は小さい機械のような物を取り出した。それは腕時計の様にも見える。これがどう役に立つのか……まぁ、この時代は時計が物珍しい大切なアイテムなのか?
「じゃ、とりあえずルシファーちゃんは帰ってね」
「なっ……! 小娘、何を……!」
先生が画面をタップすると、ルシファーは消えてしまった。こんな一瞬で人が消えるなんて……この機械、俺が思っているよりもずっと驚異的だ……。そして俺は震える声で恐る恐る口を開く。
「先生、一体これは……?」
「PCは分かる? その類の機械よ。魔法に関する貴方専用の情報がここに全部詰まってるの。だからルシファーちゃんやこれから契約する精霊もここにインプット出来るわ」
さっき先生がカタカタ打ち込んでたのはやっぱりPCだったのか。この時代に既にあったとは……A○ple Watchの様なものか……
「恐らくの話だけど、魔法面ではきっと未来よりハイテクよ? だから信用して大丈夫」
そう言いながら先生は小型の機械を差し出してきた。それを受け取ると、機械は光りだし、画面に「柊威織」と表示された。
「……?!」
一瞬で身の毛がよだつ。こんなにも簡単に個人情報が漏れるなんて悍ましい機械だ。
ただ触れただけなのに。そんな危ない物を持ち歩いていて大丈夫なのか? という不安が溢れて来る。
「これは個人魔法管理システムよ。触れた者のステータスが全て分かるの、魔力や体力、使える魔法なんかもね? 凄いでしょ」
「覚えてるです! Manage personal magicの略でござるね!」
先生はハキハキと得意げに述べた。隣にいるフルルもニコニコしている。問題の俺は全くと言っていいほど話に付いていけない。
実際過去の方が機械面でも進歩してるんじゃ……なんて事さえ思い始めていた。俺がいた時代にも、触っただけで個人情報が割れるような物は無かった。
「さ、早く行きなさい? 帰ってきたらこのMPMを持って、また来てね」
先生は俺達に向かってヒラヒラと手を振ると、そそくさと椅子に座り、パソコンに文字を打ち始めた、またもや驚異的な速さで。
あぁ、九割以上強制的且つ強引だけど、強くなって矢神を倒すにはクエストに行くしかないのか……。お金も武器も貰えるなら尚更。他の人の魔法を勉強するいい機会でもある。
「イオリ、行くでござるよ。ゼル殿も白露殿も待ってるでござる!」
フルルは笑顔で俺の腕を引っ張って部屋から出ようとする。クエストが楽しみで仕方がないようだ。
ちょっと待ってくれ、最初からクエストに行くために先生と会わせたのか? はぁ、全部仕組まれてたってわけか。
「そのつもりでここに来たんだろ?」
「……? 違うでござるよ! MPMは登録した仲間と情報を共有出来るのです! イオリが話してる間にメッセージでやり取りしてたのでござるよ!」
まんまスマホやPCのハイテク版って事か。未来の方が退化してるなんて恥ずかしくて言えないし、知ってるフリで通すしかないか……
「そ、そんなの分かってる! 大丈夫だ! 行こう、フルル」
昔から嘘を付くのが下手で、いつも通りカタコトな話し方になってしまった。それに反応して先生はチラッとこちらに目線を送る。俺は逃げるかのようにそそくさと部屋から出た。
先生は騙せない、絶対に……。それに敵に回さない方がいいだろう。この機械に触れてしまった時から先生に個人情報を全て握られているようなものだ。全世界に開示でもされたら、俺は色んな意味で死ぬ。いや、でもこの時代で個人情報開示されてもそんなに痛くないか……?
まぁ、魔法の情報も管理されているならどちらにせよ漏れたら困る。こちらは矢神の情報は分からないのに、相手は俺の情報を分かっている、なんて不利すぎる。
そんな事を考えながら部屋から出ると、其処にはフルルよりも背の低い女の子が倒れていた。
「……! 大丈夫か?!」
俺はその子に駆け寄ってしゃがみ込み、肩を強く揺すった。殺された時に助けてもらえなかった事もあり、自分でも信じられないほど冷や汗が止まらない。
ーーここで見捨てたら俺も矢神と同罪だ……!
「……リリアン? リリアンでござるか?!」
必死で女の子を揺する俺をよそに、フルルは明るい声で女の子に駆け寄る。
今はそんな楽しい時間じゃないんだ、この子は倒れてるんだぞ?
「……うみゅ、……起きた」
は……? 寝てたのかよ! いや、何でここで? と質問ばかり浮かべる俺の事が見えていないのか、その子はこちらに視線を向ける事も無く、目を擦りながらのっそりと立ち上がった。
ラベンダー色のふわふわな髪をサイドツインに結って、真っ黒なゴスロリに身を包む少女。アメジストのような瞳は眠気からか閉じかけている。そして足元はフラフラと危なっかしい。
「こんな所で寝たらだめでござるよ?」
「……もう起きた、大丈夫」
いや、全然大丈夫そうに見えねぇよ……あぁ、ほら壁にぶつかった。フルルも色々突っ込みどころスルーしすぎだろ? まず何でこんなとこで寝てんだよ……まったく。
「その子、部屋まで送ってあげたら? 俺は先にゼルさん達と合流しておくから」
「二人を迎えに来た、白露さんに行けって言われた」
少女は相変わらず眠そうな表情で淡々と不満篭ったように述べた。寝起きで俺達を探していて気付いたら寝てた……という事か。ふむ、全然分からん。
この子が付いて来るとなると尚更不安だ。何と言っても俺のデビュー戦。こんな眠気全開の女の子の面倒を見ながら戦うなんて出来ない。
そういえば、フルルと初めて出会った時……ゼルさんが言ってた「もう一匹」はこの子だったのか?
「フルル、この子大丈夫なのか……?」
俺はフルルに近寄ってこしょこしょと耳打ちをした。超楽観的主義者のフルルに聞く事自体間違っているようにも思えるけど。
「大丈夫でござるよー! フルルが保証するであります」
フルルも真似して俺にこしょこしょと耳打ちをして微笑んだ。
実際その笑顔は癒されるし可愛いとも思う。だが信用はゼロに等しい。これ程プラス思考でのんびりすぎるのも大問題だ。
「フルル、あと……誰か分からないけど付いてきて」
俺の返事も待たないまま女の子は早足で歩き出した。えっと、リリアンでいいのか? 自己紹介もする暇無かったけど……。まぁ、時間はたっぷりあるだろうし後でもいいか。
◆◇◆
「おっ! イオリ! おっせーぞ!」
暫く歩くいて城を出ると、ゼルさんが大きく手を振りながら呼び掛けてきた。そこには白露さんもいて、荷物を馬車に詰め込んでいる最中だった。
「もう日が暮れてしまう、早く出ねば。イオリ、其方の服やその他諸々は勝手に用意しておいた。安心するのじゃ」
「ありがとうございます、俺も手伝います」
そう言って俺は地面に置いてあった大きな鞄に手を掛け、持ち上げた。
「この馬鹿は使い物にならぬからな……イオリがいてくれて助かる」
白露さんはわざとらしく少し大きな声を出す。それに気付いたのか、ゼルさんも荷物を持ち上げ、馬車に積み始める。
◆◇◆
暫く重たい荷物の詰め込み作業で男性陣は疲れ切っていた。そして今は馬車の中、夕焼けが眩しい。
「そういえばMPMを貰ったんだってな、ちょっと貸してくれ!」
ゼルさんはそう言うと手を出した。これは俺の個人情報が入った、所謂機密情報。命の恩人とはいえ他人に見せるなんて……
「大丈夫だって、貸してみ?」
強引に腕を引き寄せられ、ゼルさんは俺のMPMをタップした。
《ゼル・テュールの指紋を確認、機能を制限します。所持者との関係により使える機能はステータス確認、魔法確認、メッセージの送信と設定されています》
電子的な女性の声が聞こえた。指紋さえあれば一瞬で情報が特定される……そしてそれが持ち主の指紋でなければ機能が制限される。持ち主との関係性によっては使える機能は増えたり減ったりする……という事か。
未来よりも数百倍ハイテクな機械だな。
「未来にもあるだろ? もしかしてこれが古すぎて分からなかったのか?」
ゼルさんは不思議そうな顔で問いかけてきた。しまった……こんなハイテクな機械が未来にないなんて言えない。
「あっ……ちゃんと設定されてたんですね……! 安心しまひ! ……しました」
さっき以上にカタコト噛みまくりの言葉をお送りした俺は恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「ったく……挙動不審な奴!」
ゼルさんはそう言い残すと、俺のMPMのステータスという文字をタップした。
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◇柊威織◇ 職業:冒険者Lv.1
HP……9999×4
MP……210
攻撃……40
防御……120
運 ……80
機敏……50
知能……160
【能力】
輪廻転生4 精霊契約 魔力集中 ×××××す××
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「……?! 輪廻転生……って、お前……」
ゼルさんは勢いよく顔を上げ、目を大きく開いて俺の顔をじっと見る。
輪廻転生、さっき先生に教えて貰った能力だ。全部で五回生き返れる、神に等しい人間にしか与えられない能力だ何とか……。実際俺はそんな事信じていない。こんな凡人の俺が神に等しい……? 何をやっても平均の俺が? そんなの信じろと言われても無理な話だ。
「そうか、イオリは殺されたと言っておったな……輪廻転生が本当であれば辻褄が合う」
「確かにそうなんだよな……」
白露さんも顎に手を添えて妙に納得した顔ぶりだ。この状況で未だに納得できてないのは、能天気二人(フルル、リリアン)を除いて俺だけ……
「……? 何だよこれ? “す”が×に囲まれてやがる」
「こんな物は見た事がないな、一体何なのじゃ」
二人に続いて俺もMPMに視線を落とした。
確かに、何だこれ……。文字化けしたような、何とも言えない表記。にしても何故“す”だけ文字化けしていないのだろう。何かメッセージがあるのか……何だか気味が悪い。
「まぁ、考えても仕方ねぇな! とりあえず実戦だ! 魔法も運のようなものだからな」
ゼルさんは掴んでいた俺の腕を離し、腕を組む。そうは言っても色々考えているように見えるが……いつもが考えなさすぎなだけか? どちらにせよ説得力ゼロだ。
そんなゼルさんをスルーして、ふと振り返って後ろの席を見ると、スヤスヤとフルルの膝で眠るリリアン。結局ちゃんと話せないままだった、と少し後悔している。
「この子にちゃんと名前、教えてなかったな」
「仕方ないでござる、リリアンは“眠り姫”でござるから……」
「ハハッ……言えてるな」
他愛も無い会話を交わしていると、突然馬が悲鳴のような鳴き声を上げ、馬車が止まった。訳が分からずあたふたしている俺を置いて、ゼルさんと白露さんは外へ出る。俺も呑気にしてられないと思いながらも、恐怖には勝てず、馬車の中から少し顔を出し、外を覗いた。
「やられた……盗賊じゃ」
「ああ、それだけじゃねぇ、この辺はうじゃうじゃ気配がするぜ?」
何者かに縄が切られていて、馬は居なくなっていた。いや……よく見たら十メートル程先に血塗れで倒れている。逃げようとして刺され、息絶えたのか、二匹とも同じ場所で倒れていた。
「怖気付いてこんな卑怯な事をするとは……流石落ちこぼれじゃ!」
白露さんはわざとらしく、煽るように大きな声で言葉を放った。まだ犯人が近くにいると読んでの行動だろう。だがこんなに挑発して大丈夫なのか……?まぁ、そういう所ゼルさんと似ている気がする。
「白露! 荷物がいくつか取られてる! 相手は集団だぜ」
「なんじゃと? ……くっ、取り返しに行く」
白露さんは皆の返答も待たずに飛び出して行ってしまった。それを宥めるようにゼルさんも追いかける。一体何が入っていたのだろう、泥棒を探すなんてそんな無茶な……。どちらにせよ俺達だけで残ってても危険なだけだ。
「フルル! 俺らも行くぞ!」
「了解であります! ほら、リリアン。行くでござるよ」
フルルが肩をポンポンと叩くと、リリアンはゆっくりと起き上がった。あぁ、またもや一刻を争う時に寝ぼけ状態か……
「……チッ」
……? 今舌打ちが聞こえたような……。
俺この子に嫌われてる? それとも寝起きが頗る悪いだけか? あぁ、この世界の女は怖いぜ……その点ではフルルだけ、ちゃんと女の子してる。色々突っ込みどころ多いがな。
何はともあれ俺達も馬車を出て、少しずつ小さくなっていくゼルさん達を追った。