俺、復讐を誓う
五分ほど走ると、ようやく人混みらしきものが見えてきた。こんな先にあるものが見えていたなんて信じられない。時代と共に視力が低下しているのは本当だったんだ、なんて呑気に考えていた。
「状況が変わった! 俺は先陣を切る! 白露は騎士たちを助けてくれ!」
えと……俺は? ディアーブルの国民のフリをして待ってろと?
「俺、死にませんか?」
「フルルが護衛致すでござる! 安心してくだされ!」
……この何とも言えない不信感。もう今の時点で不安しかないのだが、ゼルさんは「決まりだな!」と言い残し、人混みに消えていった。それに続いて白露さんも見えなくなってしまった。
「そういえば、皆はどんな魔法を使うんだ?」
ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。アニメや漫画で知り得た知識でしか魔法の事は知らない。きっとそんな物は1%にも満たないのだろうけど。
「フルルは変身魔法が使えるでござる! 白露殿は付与弓と扇での補助魔法……ゼル殿は魔法剣を使うでござるよ!」
変身魔法に魔法剣……付与弓はデバフ技か? 扇で補助は所謂踊り子の様な感じか? ……と俺は一人で考察をしていた。
そうしているうちに、何やらギャラリーがザワつき始めた。ゼルさん達が動き始めたのか。
「俺たちも逃げる準備をしよう」
「これは……ディアーブルの姫の登場でござる。恐らく処刑はその後でありますな……」
アンジュの権力者が王子なのに対してディアーブルは姫か……どんな残虐趣味をお持ちの強面姫なんだろうな。
「上でござる! ここからの距離でも見えるでござるか?」
フルルの言葉で見上げてみると、ここからでも目視できる距離に空席の王座があった。まさか上にあるとは思っていなかった。不覚だ……
『皆の者、静粛に! 姫君の登場でございます』
そのアナウンスと共にギャラリーは驚くほどに静まる。この時、俺の緊張感はピークに達していた。怪しい行動はするな……周りに合わせるんだ、と自分に言い聞かせ続けた。
『ディアーブル帝国五代目の姫君……サリー様のご登場でございます!』
ギャラリーの歓声が耳をつく。さすがにこの歓声に合わせる事は出来ない。
そして現れる一人の女……その姿に俺は驚愕する。
「……矢神……?」
王座に居たのは紛れもなく俺を殺したであろう矢神莉彩だ。
黒と赤を基調としたドレス……未来の世界でいうゴスロリ、今でいうと喪服? に身を包み、足を組んで座っていた。その眼はやはり冷たい。俺を殺した時のように……
「イオリ?! 待つでござる!」
その姿を見るなり、俺は無我夢中で走っていた。どうして矢神がこの時代に? いや、それ以上に言いたい事は山程ある。
「ーー……矢神!!!」
一番近く矢神が見える距離で止まり、恨みのこもったような声で叫んだ。そんな俺にギャラリーは注目する。
そして矢神は顔をしかめた。
「何かしら? わたしはサリー。貴方、ディアーブルに居ながらわたしの存在を知らないなんて……とんだ無礼者ね」
ーーとぼけやがって……!! クソッ……こんな奴に見下されるなんて屈辱だ。
「お前……俺を殺しておきながらよくも!!!!!」
憎い。ただそれだけしか頭になかった。殺されるかも、なんてどうでもよかった。自分でも呆れるほど無計画に突っ込んだが、矢神の姿を見た瞬間から、冷静さや自我など消え去っている。
「フフ……面白い事を言うのね。処刑した者の顔など覚えてはいないわ。……もしかしたら貴方もその中の一人なのかもね」
「……なんだと?」
クスクス笑いながら返す矢神に、更に怒りが込み上げてきた。コイツはどれだけ俺を馬鹿にすれば気がすむんだ……
「生き返って復讐でもしに来たのかしら? 可愛い子ね」
矢神のその一言にギャラリーも笑い出す。俺を殺したのを何とも思ってないなんて……
「絶対にお前を殺す!!!」
俺の憎しみも虚しく、ギャラリーの笑い声に掻き消されて、矢神には届かなかったようだ。
「最近のギロチンは切れ味が悪いのかしら……後で入念に手入れをしなさい?」
どこまでもとぼけやがって……何がギロチンだ。俺はお前に刺されたんだぞ? それさえも覚えていないのか。
俺はあまりの怒りに声も出なくなっていた。人は怒りが限界を超えたら黙る。という言葉があったが本当のようだ。
「まぁ良いわ。此奴をもう一度殺して差し上げなさい」
矢神の放った言葉と同時に、ギャラリーは俺から離れ道を開けた。すると、王座の両サイドに居た騎士が俺の方に歩み寄って来た。
ナイフやカッターの一つでも持ってれば……どうせ死ぬなら矢神に一撃でもやり返して死にたい。このまま何もせずにまた殺されるなんて……
「それは困るな、コイツは俺の連れだ。傷でも付けてみろ? 燃やすぞ」
その声と共に、何処からかゼルさんが飛び降りて来た。俺の前に着地すると、王座を見上げた。
「ーーゼル・テュール。アンジュの王子の家来ね……。いいわ、貴方の国の騎士も開放してあげる。その代わり……早急にここから消えて頂戴?」
何を企んでいるのか、矢神はゼルさんを倒そうとはしない、周りの騎士たちもそうだ。それ程ゼルさんの強さが知れ渡っているのか。
「イオリ、帰るぞ。どちらも戦闘はしたくない」
「ゼルさん……」
俺はゼルさんに腕を引かれながら、その場を後にした。矢神はそんな俺を見てクスッと笑ってみせた。
◆◇◆
「何やってんだよ!!! 死ぬところだったんだぞ?!」
ゼルさんの怒鳴り声が城の一室に響き渡る。怒られているのは当然俺だ。
「まぁまぁ、ゼル殿もそんなに怒らないであげてくださいよー……何が事情が複雑みたいでござるし」
「それでもだ。俺がいなかったら今頃どうなっていたと思ってんだよ?!」
それはごもっともです。俺自身、なんであんな行動をしてしまったのかと、反省している。矢神の顔を見ただけで冷静さなんてふっとんで……気付いたらゼルさんに引っ張り出されていた。
「……すみません」
「気を付けろよな。……で? 何があったんだよ?」
皆もその質問を待ってましたとばかりに俺の顔を見てきた。そりゃそうだろうな……あんだけ取り乱して敵国の姫に威勢良く喧嘩売ってたんだから。
「あの姫……俺を殺した矢神なんです。そうに違いない……あの髪の色、顔立ち、声」
「では、あやつはどうやってこの時代に来たというのじゃ、イオリの話では辻褄が合わぬぞ」
どうやってって言われても……俺でさえ自分がどうしてこの時代に飛ばされたか分からないのに矢神の事なんて分かるはずがない。
「えっと……もしかしたら! イオリを殺すためにイオリがいた時代に忍び込んでたとかでござるかな?」
フルルは腕を組み、首を傾げた。にわかに信じ難いが、確かにありえる。まず俺がこの時代に飛ばされた時点で現実離れしすぎているから、ないとはいえない。
「……それで殺されたイオリは、同じようにこの時代に飛ばされたという事か」
ゼルさんも白露さんも頷き、妙に納得していた。未知の出来事過ぎてどれが正解なのか矢神に聞いても分からないかもしれない。
「あ! だったら喜べイオリ! お前、魔法使えるんじゃないか?」
「確かに! そうでござるね!」
魔法? 俺には魔力が無いって言っていたはずなのにどうして……
「そういえばそうじゃな、ディアーブルの姫は魔法を使えたはずじゃ。さすればイオリも……」
ーー矢神が魔法を?! それならいち早く俺も魔法を使えるようにならなきゃ……
なんだか負けたようで悔しい、矢神は魔法を使える、俺は丸腰状態。これじゃ話にならない。
「ーー矢神は……ッ! どんな魔法を使うんですか!!」
突然の俺の大声に皆は目を見開いた。今までおとなしく反省してた奴が大声を荒げたら当然そうなるか……
「あ、あぁ……あいつは召喚魔法を使ってた。それも、かなり魔力が高い……そう簡単には勝てねぇぜ?」
「召喚魔法ですか……俺にも使えますか?」
無茶だという事は分かりきってる。多分皆もそれは察してると思う。
「無理な事はないが、召喚魔法は大量に魔力を消耗するが故……お主への負担が大きすぎるのじゃ」
そういう事か……一度も魔法を使った事ない俺には難しいかもしれない。使い方も何も分からないド初心者の俺に対して、矢神は魔力が高いし護衛もわんさかいる……
果たして俺に勝ち目はあるのか? こてんぱんに殺されて終わりのような気がする。
――……待てよ? 俺って無限に転生を繰り返せるのか?
ふと浮かび上がった疑問。可能性がない訳では無い。次は元の世界に戻れる? それとも別の世界? もしくは次自体ないか……。よく考えてみると、この仕組みは謎だらけで沢山の可能性がある。
「とりあえず魔法を覚えないと話にならねぇぜ?」
俺の考えを全て読んだうえで呆れたような表情のゼルさん。そんなゼルさんを余所に俺は強く言い放った。
「――よし、討伐してやるか」
かっこつけて大口を叩いてみたものの、俺の頭の中にははなから“復讐”の一文字だけ。
絶対あいつを倒して、俺をこの世界に転生させた事を後悔させてやる!!