とりあえず王城へ。
「なんだと?!?!?!?!?!?!」
昼間から田舎道で大声を出すのは、この男性……ゼルさん。
「という事は……お主、未来から来たというのか?!」
今は事情を一通り説明し終えたところだ。自分でも謎が多すぎて、どう説明したらいいのか分からず、しどろもどろの説明だったが、ようやく理解してくれたようだ。
「事情が事情だししかたねぇな。匿う事にするか?」
「王子ならきっと迎え入れてくれるじゃろう。……そういえばお主の名前は何じゃ?」
「柊……威織です」
その言葉とともに固まる二人。信じられないという表情。この時代では珍しい名前なのか……?
「イオ……?」
「よせ……イオリ、じゃ」
この様子だと誰かと勘違いしているようだが……。
「イオさんとは? 俺とは関係ないはずです」
「悪い……俺の昔の相棒だ。今はもう……」
ああ……察した。もう亡くなっているイオさんと名前が似ていたから驚いた。要約するとそういう事だろう。名前ばかりはしかたない。とはいえ、何かまずい事をしたような雰囲気になってしまった。
「ま、とりあえず王子に紹介しねぇとな。ほら、乗れよ」
ゼルさんはそう言ってぶっきらぼうに馬車を親指で指す。白露さんの後に続いて乗ると、馬車は走り出した。
「イオリ、お前はどうして死んだんだよ?」
「ゼル、無神経な事を聞くでない」
白露さんがぴしゃりと言い放つと、ゼルさんは「つまんねーの」と言わんばかりに頬を膨らませた。
俺が殺された理由なんて分かる訳ない。心当たりがある程罪作りな男子高校生やってた記憶も全くと言っていいほどない。
「殺されました。……理由はわかりませんけどね!」
八つ当たりするかのように吐くと、二人はぎょっとした。そりゃそうさ、殺された事がない人間に俺の気持ちなんて分かるものか。
「――でも、誰に殺されたのかは覚えてます」
いや、忘れる訳がない。血を流しながら倒れた俺を見下してきたあの無表情で冷たい眼。
「誰なんだ……?」
ゼルさんは恐る恐る問いかける。白露さんも息を呑んでいた。
「矢神 莉彩、一度も会話をしたことも無いのに……。今でも鮮明に覚えてます、あの胸を突き刺した痛み、生々しい血の感触。そしてだんだん狭まる視界……」
「お、おい……」
「なんで俺なんだ……何でアイツと一切関わりのない俺が?! ……忘れられる訳がない……!」
「イオリ!!! 落ち着け!」
ゼルさんの一言でハッと我に返る。俺……今暴走していた?
「とりあえず元の世界? 時代? に戻る方法を見つけないとどうにもなんねーだろ?」
「そんな方法が分かっておれば皆利用しておる」
「あ……」
そういえばそうだ、この時代にタイムスリップが普及している訳がないもんな。今ですらしていないのに。そんな今の時代の研究者でも開発できてないタイムスリップ術を、300年も前のこの時代で考え出そうなんて不可能だって断言できる。
「もう……いいんです。あっちの俺はもう死んでる。それか皆の記憶から消え去ってるか……」
「そんな悲しいことを言うでない。希望を持つのじゃ」
「こんな状況で? 希望なんて……」
悲観的に呟くと……突然山の影から顔を出した大きな城。太陽の光を浴びて白銀に光り輝いている。
「お、着いたぜ。ここが俺たちの王国、天使の国だ!」
大きな城門を抜けると、城まで長く一直線に続く青い絨毯。国全体の建物は白と青を基調としていて、まさに天使の国に相応しい風貌だった。
俺たちは馬車を降りて一直線の大通りを歩き始める。
「あ! ゼル殿! 白露殿! おかえりなさいでござる!」
ふと背後から明るく元気な女子の声が聞こえた。その他にもたくさん引っかかる事はあったが、俺は振り返る。
「あら? 見かけない顔でござるな?」
そこにちょこんと立っていたのは、俺と同じ年くらいの女子だった。
落ち着いた淡い橙色の長い髪を鎖骨の辺りで二つに結っている。背は大体155センチくらいか? ふわふわのファー素材ワンピースを着ていて可愛らしさを前面に出していた。
……が! まともなのはそこまで。何故か彼女には犬と猫が混ざったような髪と同色の耳が生えている。
そう、所謂ケモ耳キャラだ。こんな女の子がいるのは二次元だけだと思っていた。実際こうやって目の前に現れると反応に困る。
「あぁ、こいつはイオリ。詳しい事は後で話すけど色々訳ありなんだ」
「初めまして……イオリです」
俺が頭を軽く下げるとケモ耳女子はニコッっと微笑んだ。
「フルル・クアンティでござる! 仲良くしてくれると嬉しいっす!」
――ちょっとツッコミどころ多すぎませんか?
いやいや、なんでそんなふわふわ可愛い系の見た目で忍者口調?! しかもケモ耳だし。設定多すぎて混乱してきたぞ……? 二次元の萌えをたくさん詰め込み過ぎた感じが痛いほどする。
「ここで何をしていたのじゃ?」
「今日昼食の買い出しでござる! シチューが食べたくて……」
ケモ耳女子は手に提げていた籠から人参を取り出した。この時代にもシチューがあったのは驚きだ。これで不安だった食糧面も少しは安心できる。
「あれ……もう一匹は?」
「お留守番でござる。最近かなり冷え込んできたから外に出たくないそうで」
もう一匹……その言い回しのせいで嫌な予感がこれ以上ないってくらいにしてるぜ。どうせまた一二捻りもの厄介者が出てくるんだろ?
「イオリ殿はお城までついてくるでござるか?」
「そうさせて頂くことになりました……」
「大丈夫でござるよ、材料は多めに買ってあるので!」
ケモ耳女子は得意げに笑った。悪い人? じゃなさそうだ。人でもなさそうだけど。
しばらく歩き続けると城の麓、扉までたどり着いた。こうして見上げるとかなりデカい。今まで見たどの建物よりも大きいと言っても過言ではない。
城の扉を開けると王座まで一直線に伸びた緩やかな階段。横に広い城だからか、俺が予想していた長い階段を上って頂上の王座まで行く城とはかなり違っていた。
「王子! 只今戻りました! ゼルです!」
ゼルがおおきな声で呼びかけると、王座から立ち上がって近づいてくる影。きっとこの人が王子なのだろう。
「おかえり! 探していた魔法剣は見つかったか?」
「いえ……もう何度目か分かりませんが……」
「そうか……毎度毎度残念だな……」
このいかにも純粋無垢のまま大人になりました。と言わんばかりの爽やかな人が王子だと……?
ふわふわの金髪にエメラルドクリーンのキラキラした瞳。イケメンというより可愛らしい爽やかさで、何歳かは分からないがかなり若く見える、童顔だ。
「この者は……?」
「ああ、道端で倒れていたので拾ってきました!」
なんだその適当過ぎる説明……
「……なんだか懐かしいな……やっぱりふとしたときに思い出してしまう」
「王子……」
王子とゼルさん、更には白露さんまで、悲しげな表情になった。
そこは笑うとこじゃないのか……?なんて思っていると、ある言葉が思い浮かんだ
“俺の昔の相棒だ。今はもう……”というゼルさんの言葉。
そんなこんなで、ゼルさんにこの世界の事情を教えてもらった。今は戦争もなく比較的平和な事、未来と変わらず四季がある事……そんな雑学を沢山習った。
食べ物も未来とさほど変わらないこと、生活面も似ていて少しだけ安心している。
「そういえばイオリは魔法使えるのか?」
ハッとしたようなゼルさんの一言。魔法……? この時代は魔法が使えたのか? ということはここにいる皆魔法が使えるという事か。
「いえ、未来では魔法自体存在しないです」
「ほう、魔力はやはり有限であったのか」
俺もアニメの世界みたいに魔法を使ってみたかった。こんなじゃここの世界でもすぐに殺されてしまうんじゃないか。そんな不安が込み上げてきた。
「だったら……尚更アイツらに会わないようにしないとな」
ゼルさんの吐いた言葉で場は静まる。また俺にだけわからない事情のようだ。この国には一体どれほど闇の部分があるのだろうか。
「大丈夫でござるよ、最近は目立った動きはないみたいでござるし……」
フルルも苦笑いで説得力ゼロだ。どんな怪物が住んでるんだろう。
ドラゴン? それとも……――悪魔?
「悪魔の国。絶対的な信仰で好戦的な奴らばかりが揃う国」
「きっと遭遇しただけで襲いかかって来るじゃろうな」
真剣な二人の表情に少しだけ背中にピリッと電撃が走ったような緊張感がした。もし、最初に俺を見つけたのがディアーブルの人だったら……なんて考えるだけで震えがする。
「護身用の魔法でも覚えらんねーかなぁ?」
「さすがに無茶でござるよー……イオリは魔力がないのでござろう?」
ずっと国に引きこもるか、片時も離れずに皆の傍にいるか。そんな事は不可能だろう。災害が起きた時はどうする? そもそも好戦的な奴らならいきなり戦争を仕掛けて来ても不思議じゃない。
そしたら俺は逃げ切れるのか? 相手はどんな魔法を使うのかも、どれくらい魔法の威力があるのかも分からないんだぞ? 俺はまた死ぬのか……?
「王子、そういや今日はディアーブルの建国記念日でしたよね」
「今日だったのか? 毎年過激なセレモニーを国道で開かれる。困ったものだな……」
王子は溜息をつきながら言った。未来の世界でも過激な建国記念日を開催する国はあるが魔法を使うとなると厄介だろうな。
「皆、イオリにディアーブルを知ってもらうのも兼ねて、スパイをしてきてくれないか?」
それはあまりにも無茶すぎないか?! もしかしたら俺が殺されるかもしれないのに。たまに王子もこの国民も何を考えているのかいまいち分からないところがある。
「はい! 大丈夫です、イオリはちゃんと守ります!」
「心配は無用じゃ、イオリ一人ほどなら私が連れて逃げられる。いざという時は真っ先に助ける」
二人はそう言ってくれはするけど、やっぱり不安だ。なんせ命がかかっている。一度生き返った事でさえ奇跡なのに……その命をこんな短時間且つリスキーな事で失いたくない。
「では頼んだ!」
王子はにこやかな表情で告げた。反対に俺の笑顔はきっと引きつっていた。そりゃ内心全く乗り気じゃないからな。
◆◇◆◇◆◇
国の城門を抜けるとすぐ……こちらからでも目視できる距離まで赤の絨毯が敷いてあった。アンジュが青……という事は、赤はディアーブルか。
「何やら人が沢山いるでござるな……」
厳しい顔つきでフルルは呟くが、どれだけ目を細めてもこの距離からでは何も見えない。おかしいな……俺は視力は申し分ないほど良かったはず、視力検査でも毎年Aだったが……
フルルが所謂獣族だからか、死んだ時に視力が低下したか……多分前者かな。
「よくそんな遠くまで見えますね」
だが、ふと呟いた俺の一言に、皆は信じられないという顔をした。何かおかしな事言ったか……?
「イオリ……あれ見えねーの……?」
あれ? フルルの言っていた人混みとやらかな? 道に沿って一直線に伸びる赤い絨毯は見えるがその先の人混みは全く見えない。
「はい……絨毯の先に何があるのか全く見えないです」
「マジかよ……て事はその先にある王座も見えてねぇか」
この時代の人は皆驚異的な視力を持ってるのか? 見えもしない人混みの先まで見えてるなんて……
尚更警戒しないと、スナイパーがいたりしたらひとたまりもない。相手も驚異的な視力を持っているならの話だが。
「……っ!! ゼル! アンジュの騎士がおるぞ!」
何やら焦った様子で白露さんは前方を指差した。何のことかさっぱりだ。
「ああ、処刑台だろうな。……ふざけやがって!!」
「助けに行くでござるか?」
「あったりめーだ!」
ゼルさんはそう言って一人で走り出した。皆もそれを追って走り出す。
……穏便に済ませて帰りたいって願ったらこうだよ……落ち着いて早々争いを見ることになるなんて。
俺も重い足取りで後を追った。