始まりという名の悪夢
――矢神 莉彩。彼女は誰が見ても美人である。
というより可愛い系の顔立ちで、ふんわりとした桃色の髪、明るく輝くルビー色の瞳が特徴的だ。
だが、そんな完璧なルックスを持っている彼女にも致命的な弱点があった。
――そう、彼女は完全な“コミュ障”なのだ。
「この世の皆、わたしを取って食おうとしている」と思っているかのような怯えた様子、目が合うとすぐに背を向ける彼女。ふわふわの長い髪が、その背中にひらりと舞う。
入学してから二年半過ぎの今でさえ、友達どころか学校の誰とも親しく話しているところを見た事がない。俺の友達も数人、矢神に告白してメンタルを粉砕されている。
そんな話はさておき、事件は起こる。
――俺、柊 威織の誕生日。12月25日に。
誕生日であり、クリスマスに差し掛かろうとしているイブの夜。
俺のバイト先、コンビニの店長は無慈悲にフルタイムのバイトをプレゼントしてくれた。そんな愚痴を同僚と駄弁りながら時間を過ごした。
時刻は23時半を回った頃だった。
ようやく店長が出勤し、俺たち社畜は解放される。
もうクリスマス……誕生日か。そんなの知らねぇ、帰ったら一目散に寝る。そんな事を考えながら、眠い目を擦り歩いていた時だった。
「…………っ!!!!」
突如、背骨に杭を打ち込まれたような激痛に襲われた。何が起こっているのか自分でも全く分からない。さっきまでうとうとしながら歩いていたのが嘘のようだ。
ただ分かるのは、心を食い破る程の激しい痛みと、肌で感じる流れ出る大量の血液、全身に当たるコンクリート道路の冷たさだけだ。
……誰かに刺された。その事実は悔しくも明白だった。
今になって気付く、日常、平凡という名の有難みを。
あぁ、お願いだ……どうか俺を生かしてくれ。まだやりたい事、やり残した事沢山ある。こんな何処の誰かも分からない奴に殺されてたまるか。
意識が朦朧とし、今にも閉じそうな目を必死に開いている。この目を閉じたら終わりな様な気がして。
そんな俺の瞳に映り込んできたのは…………
「や……がみ…………?」
――そう、紛れもなくクラスメイトの矢神 莉彩だった。
最期に目にしたのは彼女の無表情な瞳。俺は静かに息絶えた。