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02話。東方主都エウロタ。ここから。


「この屑奴隷がっ!」


 古く、薄汚れた集合住宅の合間を足早に歩いていた。

 人々が寄り添えば必ず存在する、日の光の届かない路地裏に罵声と乾いた鞭の音が響く。

 目を向ければ、頭巾で口まで覆い隠した黒衣の男が、小柄な少女に向かって短鞭を振り抜いた直後だった。


(奴隷と、奴隷商か……)


 奴隷の少女は顔を背けることもなく黒衣の男を見上げ続けている。

 その表情は平然としていては涙一つ浮かんでいない。


「せっかく剣奴として教育してやったのに、そこまで反抗するなら娼館にでも売り飛ばしてやろうか!」


 もう一度風を切る音と共に乾いた音が響く。

 肩を打たれた衝撃で、背中まであるぼさぼさの黒髪が揺れるが、奴隷の少女は微動だにしない。


(奴隷が、魔法?)


 打たれる寸前、一瞬だけだが魔法が発動する前兆である魔力の光も見えた。


「防御すんなぁ!」

「既に条件反射です」


 長くてぼさぼさの前髪の奥に見える瞳は、見る者を真っ直ぐ射抜くような、意思が強そうに輝いていて、少女は毅然と奴隷商を見据えたまま言葉を続けた。


「調教師の一人であるあなたはわたしの主ではありません。あなたは商品であるわたしを育て、わたしの価値を高めるのが仕事です。いたずらに傷を負うことを許せばわたしの商品価値が下がることになります。自殺及び自傷行為を禁ずる誓約により、その言葉に従う必要は無いと判断します」

「どんだけキレてもその辺の力加減は心得てらぁ! いいから魔法使うな黙って打たれとけ!」


 少女は小さく息を吸い、目を閉じて胸を反らす。振り降ろされる短鞭。

 打たれる寸前、鞭が当たる個所で的確に魔力が輝いた。

 弾かれる短鞭。


「……」

「……」


 間。

 少女は真っ直ぐに奴隷商を見据えている。


(魔法……防御系の魔法か)


 大昔、混沌の時代からの名残で人間でも魔法の素養を持つ者は多いが、現在では魔法を操れる者の方が珍しくなっている。

 と言うのも、魔法を習得するのには並大抵では無い修練が必要になる。


 幼少期から専門の教育機関で厳しい訓練を続け、4、5年かけてようやく己の血に宿った固有の魔力を感知できるようになり、どんな魔法を持っているかが判明する。

 血統や血液検査である程度の素養は判別出来るが、絶対とも言えず、当たりハズレがどうしても存在する上に、訓練を積んでみないことにはどんな魔法を持っているかわからない不確かさも廃れてしまった要因だろう。


 己の持つ魔法が判明した後は、固有の魔法に適した修業を地道に積み、火を操る魔法なら2、3年程で燐寸程度、小規模な現象を生み出せるようになり、10年以上でやっと焚火よりも強い火力を制御出来るようになる。


 そしてどれだけ鍛えても並の才能では10分、20分も連続で使用すれば、脳と精神的な疲労からが半日は休む必要があると言うのだから実用性はあまり高くない。

 その上で、街中で使うには厳しい特権審査と試験に合格し、魔導士としての身分を得た上で、特権行使の為に免許の更新を4年ごとに受ける必要がある。


 現代では、使えれば便利な物だが、本格的に操れるのは特殊な才覚を持つ限られた精鋭だけというのが一般的な認識の技術だ。


(もぐりで魔法なんて覚えようとすると、禁呪持ちだったりする危険もあるしな……)


 軽く自嘲する。

 まだ幼さが多分に残る少女だが、短鞭を完全に無効化する程の防御魔法を集中や詠唱なしで操れるとは、かなり才能があるのだろう。


(そんな子が奴隷だなんて……)


 どんな運命の巡りかは知らないが、魔法の素養のある子供を高く売りつけたか、売られた子供が魔法の素養を見出され厳しい訓練を受けた、どちらかだろう。

 どちらにしてもろくでもない話だ。


「防御すんなぁぁぁあ!」


 奴隷商は狂乱気味に叫び、鞭がもう一度乱暴に振り降ろされる。

 奴隷の少女は目を伏せて――


「……」


 ――乾いた音と共に、今度は打たれた方向に少女の身体は泳ぐ。

 顔にかかるぼさぼさな黒髪。


「女剣奴の初物を散らすのに執着してる傭兵は腐るほどいるんだ、娼館に払い下げて競売にかければさぞ高値がつくだろうよ。そっちの方がいいのかって聞いてんだよ! なぁ!」


 腐るほどというか、腐っている連中が多くいると言うべきか……どうしたってろくでもない話でしかない。

 少女の二の腕に、鞭で打たれた跡が真っ赤な蚯蚓腫れとして浮かび上がり、目にも痛々しいのだが、少女は何事もなかったかのように居住まいを正して、真っ直ぐに奴隷商の男を見上げる。


「なんだぁ、その反抗的な目は!」

「これは生まれつきですよ……」


 驚くほど形の良い目をしているせいで、僅かに眉間に眉が寄っただけでも表情が一気に険しくなったように見えた。


「娼館が嫌ならちゃんと負けろつってんだろ! 何回目だこれで!」

「わたしは頭が良くないんです。むずかしいことを言わないでください」


 力の弱い女の奴隷なんて、普通は反抗しないよう仕込まれた後、娼館かその手の好事家に買われて行くことを考えれば……女剣奴の方がマシかと言われると、それはそれでもっとろくな目には合わないわけだが。


「なにが? なぁ? なにがそんなに難しい?」

「わたしは剣奴として試合に出ているんですよね?」

「おう」


 奴隷商は短鞭を手の中で弄びながら偉そうに顎をしゃくる。


「闘技場で剣闘士同士が戦って、敗者は勝者の物になる。それが嫌なら身代金として金貨十枚を支払う。剣奴の場合は持ち主の決定に従う」


 金貨十枚、中流家庭の一年程の稼ぎだが、命を懸けるにしては安過ぎる金額だ。


「わたしの場合は、奴隷商会の展示品として実演参加している立場であり、お金で買う場合の即決価格は金貨で千枚ですよね」


 金貨が千枚もあれば貴族街に豪邸が立つな。

 剣奴一人の値段としてはあり得ない高値だ。

 そんな値を付けることで、勝者は値千金の奴隷を手に入れたと豪語することが出来る、広告用の接待価格と言うやつだろう。


「おう。わかってるじゃねぇか。そんで貴族のウーヅン様が強い戦士を捕まえたいって仰られてるわけよ。だから次の試合は負けろ。そんで俺達は身代金を払わないことを選んで、おまえはその身を捧げる。簡単だろうが? こんなもん闘技場関係者なら全員は知ってる暗黙の了解だぞ?」

「おかしくないですか?」


 口調自体は淡々としているが、眇められたその瞳が鋭過ぎて、奴隷商は一瞬息を飲んだ。


「……なにがだよ?」

「強い戦士が欲しいなら、わたしに勝てる強い戦士がいれば十分じゃないですか?」

「……あん?」

「負けた、弱くて無価値なわたしを欲しがるなんて、おかしいですよね?」

「……だから演出だっつってんだろ? 強い戦士とか言ってるけど、ぶっちゃけウーヅン様はおまえが欲しいんだよ。でも金で奴隷を買うような体裁の悪い真似はしたくないわけだ? わかる?」


 表向き、貴族ともなれば、使用人を雇うにしてもそれなりに身分が確かな者でなければ非難の対象とされる。

 もちろん裏ではその限りでは無いのだろうが、闘技場の剣奴は派手な見世物だ、簡単に裏取引とは行かないのだろう。


「むずかしいです。普通に買ってくれる方がまだ理解できます。それに関係者全員が知っているのなら隠す意味もありませんよね?」

「……いや、それは聖教会とか民衆とか、他の領地の貴族に向けた評判とか建前がだな……目の前のことしか見えてねぇ奴隷如きが知らなくていいこった、気にすんな」

「はい。わたしは奴隷です。だから、そんなよくわからない所じゃなくて、ちゃんと奴隷が出来る所に引き取られたいです。娼館に行けば奴隷できますか?」

「ちゃんと奴隷って……ほんっとに融通の利かねぇやっかいな奴だよおまえぁ……」


 奴隷商は疲れた溜め息をついて、がっくりと肩を落としている。


「美少女剣奴として稼ぐのに色々計画立ててたんだがなぁ……なんもかんも無駄になっちまうなぁ」


 ぶつぶつとぼやいている。

 奴隷制度が未だに残っているこのアイウォルス王国では人身売買も一つの生業としてあり、彼等なりに職業理念のようなものもあるのだろう、残念そうだ。

 そして、生業である以上、なんとしてでも稼がなければなければいけないのだろう。


「娼館なぁ、おまえに費やした金考えたら勿体ねぇんだが……厄介な問題抱えちまってるし……潮時か」


 損得勘定のみの言葉は続く。


「そのツラと生娘なのでどんだけ金貨上乗せ出来るか交渉してみるか。ウーヅン様にそれとなく報せて一番譲ってやりゃ、許して貰えるかね……」


 顔を上げた奴隷商は冷徹な目で少女を値踏みして、冷静に冷酷な試算を巡らせている。


(俺には関係ないことだ……)


 どんな国でも、どんな時代、どんな場所でも姿や形を変えてある、日常の裏にある光景だ。

 特別騒ぐようなことでは無いと自分に言い聞かせて、心を平坦に保つ。

 俺はしらけた感情をそのまま声に乗せて言う。


「おい、邪魔だ。道を塞ぐな」

「……ああ、もうしわけねぇ」


 奴隷商は巡礼騎士姿の俺を見て卑屈に道を開ける。

 奴隷の少女はじっと俺を見上げているが、その鋭い瞳に感情は伺えない。

 乞うような眼差しを向けられなくてほっとした自分に嫌悪感を覚えて嫌になる。

 表も裏も、どこまで行っても人の世だ。



 

 東方主都エウロタ、人口が八十万人前後と数字で言われてもぴんと来ないし、正確に把握する必要も特にないだろう。きっと住んでいる人々も気にしてはいまい。

 とにかく大通りは連日人がごった返すことと、スリが多いこと、そして用事がある主要な建物さえ把握していればそれでいい。


 東区には貴族街と東方主都議会場があり、南に王国騎士団施設、北に魔導士団施設を置き、西区には巨大な闘技場を中心とした娯楽施設と歓楽街。そして中央には東方主都エウロタ大聖堂を据えている。

 その名が示す通り東の主要都市だ。


 古の時代には魔物との激戦区だったこともあり、剣闘が盛んな土地柄で治安は良い場所と悪い場所が明確に分かれている。

 そんな東方主都の路地裏を通って目的の場所に辿り着く。

 東方主都エウロタ大聖堂。最近改修が終わったばかりの聖堂は真っ白に煌めき威厳を放っていた。

 厳かな門を密やかに潜り、関係者用の入り口にいる門番へ話をつける。

 すぐに広くて清潔で整理整頓されている執務室に通してもらえば、温厚そうな髭の司教が待っていた。


「お待ちしていましたよ、巡礼騎士殿」


 聖印を切って頭を下げる、お決まりのやり取りを交わした後は、すぐに周辺の状況を聞いて、討伐すべき魔物の情報を仕入れる。

 いつもの流れであり、事務的で淡々としたものだ。

 俺の力を知っている人は、基本的に嫌悪するか媚びへつらうか、怯えるか虚勢を張るか、くたびれた顔色を心配して執拗に休息を勧めて来るかなので弁えてくれているお人だと思う。ありがたい。


「――では次の東南都アペリスまでに確認されているのは、ゴブリンの巣が一件と狼の群れが一つですね。狼の方は確かなことは言えませんが、ゴブリンの方はお任せください」


 髭の司教は頷く。


「それと一つ、巡礼騎士殿に頼みがある」


 落ち着いて切り出されたその声に、ろくな話ではあるまいと経験則が告げている。


「ここ、東方主都の北区、騎士団関連の施設を治めている貴族の一人、ウーヅン・カーツの名に聞き覚えは?」


 そんな切り口で始まった話は至って単純で、やっぱりろくでもなかった。

 要約すれば組合から賄賂を受け取り優遇する、典型的な手法で私腹を肥やしているとのこと。貴族なら大なり小なりある話だろうが、あまりに目に余るそうだ。


「ウーヅン殿も若い頃は立派な方だったのだがな。奥方様を早くに亡くされ、闘技場に熱を入れ始めた頃から色々と歪まれてしまった」

「……」


 闘技場に熱を入れている貴族のウーヅン。ついさっき、どこかで聞いた名前だ。


「雇った傭兵が負け続けてしまっては金がいくらあっても足らんのだろう。確か三十連勝だと騒いでいた」


 三十連勝とは、かなり凄い剣奴だったんだな。確かに、眼差しの強さが尋常ではなかった。


「最初は特定の奴隷商への横流しかとも思ったが、そうでもない様子だ。純粋に熱狂しておられる。再三の警告にも耳を貸さない」


 司教は嘆かわしいとばかりに溜め息をつく。


「と言うわけで貴殿の出番だ。叩き伏せてくれ」


 唐突な話の展開について行けない。貴族を叩き伏せる?

 どうやって?


「巡礼騎士の任務は、巡礼路の近隣に巣食う魔物退治、治安維持なのですが?」

「東方主都は巡礼の者達が身体を休める為の大切な場所だ。治安維持の為、伏魔を撃ち祓って貰わねばならん」

「いえ、そう言う問題ではないんですが……え、街中でやれと?」


 禁呪の力は簡単に街中で使って良いものではない。


「貴殿の持つ魔法の特性は知っている。しっかり策も立ててある――……」


 説明を受ければ計画立てられていて、巡礼騎士の任務としてはとても納得できないが、断るのは無理そうだと早々に諦めることはできた。


「殺していいんですか?」


 まさかとは思うが確認だけはしておかないと。


「いいや。木剣を使ってもらおう。動きを封じるための怪我までは仕方ないが……命を奪うことは許されない。仮にも相手は貴族だ」


 木剣で武器を持つ相手と渡り合え、と。しかも殺さずに、か。簡単に言ってくれる。

 呆れつつも笑顔は崩さない。茶番過ぎて笑うしかない。


「他に質問はあるか?」

「いえ。了解しました」


 もういい。

 さっさと終わらせて旅路に戻りたい、それだけだ。




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